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OSHOが語る「輪廻転生」の誤解とキリストの「輪廻転生」観

OSHOが語る「輪廻転生」の誤解とキリストの「輪廻転生」観

輪廻転生は、キリスト教以外の宗教のほとんどが内在する概念ですが、

<輪廻転生>

死んであの世に還った霊魂(魂)が、この世に何度も生まれ変わってくることを言う。ヒンドゥー教や仏教などインド哲学・東洋思想において顕著だが、古代のエジプトやギリシャ(オルペウス教、ピタゴラス教団、プラトン)など世界の各地に見られる。輪廻転生観が存在しないイスラム教においても、アラウィー派やドゥルーズ派等は輪廻転生の考え方を持つ。

wikipedia

21歳で覚醒した和尚(OSHO)さんによれば、

インドに行ったイエス・キリストは、「輪廻転生」の概念に傾向し過ぎているインドの人々を見て、「輪廻転生」をあえて強調しなかったとのことです。

イエスは、生は永遠で、輪廻転生は事実だと完璧に分っていた。彼は、おそらくとても近しい弟子たちには、間接的な形でそのことに触れている。しかし、大衆にではないーーそれは単純な理由による。彼はそれがインドで失敗したのを見た。何か別のことが試されるべきだったのだ。

今日は春分の日で、お墓参りも多いと思いますが、

昨日、朝から本降りだった雨は、清里に着いたらすっかり晴れてきて、
DSC_6549南アルプスも顔を出し、DSC_6548そういえば、春分の日には「強力な光」が到来するという情報もありましたが、

<3/20春分 大きな目覚めの第2波が到来する>

3月20の春分の日に強力な光のデータを持つガンマ線が銀河の中心から直にガイアに送信されます。しかし、このイベントにまだ十分準備できていない人がいて、その人たちは、人生の波乱を経験していた人かもしれません。・・・・

体は変わりつつあり、DNAの質が向上しています。不快なことは祝福として表に出ています。そう思うか、苦しみと受け止めるかはあなた次第ですが、向き合ってきれいにしてください。「これはどういう意味なのだろう?」と問いかけてください。感覚や気分、気持ちはあなたの注意を引こうとしているのです。

昨夜は、風がものすごく強く吹き荒れていて、曇り夜空に月だけが怪しく輝いていました。

3月20日早朝6時過ぎ・・DSC_6559
DSC_6551いいお天気で日が昇り、
DSC_6552八ヶ岳も「目覚めの」光でくっきりです!DSC_6561家に戻ってこの広場を眺めていたら、八ヶ岳に向かって柴犬風のワンちゃんと散歩してる人がいましたが、

これは2016年3月17日に英国コーンウォールで撮影された空で、
angel-sun-top

拡大するとこうなりますが、
angel-sun-02地元の目撃者が「イギリス王立気象学会」に問い合わせたところ、

「私たちの知る限りは、この奇妙な光学現象には名称はありません。それほど希なものだと思われます」との返答だったそうで、

わからないものは、わからない・・でイイのでしょうが、

「輪廻転生」に関しては、誤解があると和尚さんは述べています。
Osho_HD_059

Q:輪廻転生とは何ですか?

私はあなたに、一つのことを言いたい。輪廻転生の観念全体が誤解なのだ。

人が死ぬとき、その人の存在は全体の一部となるというのはほんとうだ。彼が罪人であろうと、聖者だろうと、関係ない。しかし、彼はまた、マインド、記憶と呼ばれるものを持っていた。過去においては、記憶を思考の束や思考波として説明するような情報は手に入らなかったが、今や、それは簡単になってきている。

そしてそれこそ、私が多くの点で、ゴーダマ・ブッダが彼の時代よりもはるかに先んじていたと思うところだ。彼は私の説明に同意したであろう唯一の人間だ。彼は示唆を与えはしたが、どんな証拠も提供できなかった。何も言えることはなかったのだ。人が死ぬと、その記憶ーー自己ではなくーーが、新しい子宮へと旅をする、と彼は言っていた。

さて、あなたが死にゆくときに、記憶を空中のありとあらゆるところに残していくというのは理解できることだ。もしあなたがずっと惨めだったら、あなたのあらゆる惨めさは一定の場所を見つけるだろう。他の記憶システムの中に入るだろう。
その惨めさが全部一つの子宮に入るかどうかは別としてーーそのように、人は自分の過去を思い出す。それはあなたの過去ではない。あなたが受け継いだのは、他の誰かのマインドだったのだ。

ほとんどの人は覚えていない。その塊の全体、一人の個人の記憶システムのすべてを受け取ってはいないからだ。彼らはあちこちから断片を受け取っているのかもしれない。そしてそうした断片が、あなたの惨めさのシステムを創り出す。

地上で死んだそうした人々はすべて、惨めさの中で死んでいった。喜びの中で死んでいった人は、ほとんどいない。ノーマインドを実現して死んだ人は、ほとんどいない。彼らは足跡を残さない。自分の記憶で他の人に重荷を負わせることがない。彼らはただ宇宙へと散っていく。どんなマインドも持たず、どんな記憶システムも持たない。彼らはすでに瞑想の中で、それを解消させてしまった。だからこそ、光明を得た人は、けっして生まれない。

しかし、光明を得ていない人々は、死のたびに、あらゆる種類の惨めさのパターンを放り出し続ける。富がより多くの富を引き寄せるように、惨めさはさらなる惨めさを引き寄せる。もしあなたが惨めならば、何キロも先から、惨めさがあなたへと旅をしてくるーーあなたはふさわしい乗り物なのだ。

これは、電波のように、まったく目につかない現象だ。それはあなたの周りを旅しているが、あなたには聞こえない。それを受信する適切な機器がありさえすれば、即座にそれは手に入るようになる。以前、そこにラジオがなかったときにも、それはあなたの脇を旅していたのだ。

輪廻転生はないが、惨めさは転生する。何百万もの人々の傷が、進んで惨めになろうとしている人を探して、あなたの周りでうごめいている。

もちろん、至福に満ちた人はどんな跡も残さない。目覚めた人は、鳥が空へ飛び立つように、どんな道も跡を残さずに死ぬ。空は空っぽのままだ。至福は、どんな跡の残さずに進む。ブッダたちからどのような遺産も手に入れることがないのは、そのためだ。彼らはただ消え失せる。

ありとあらゆる愚か者だち、低能な輩は、彼らの記憶の中で輪廻転生し続け、それは日に日に密度を増していく。ひょっとしたら、今という時は、それが理解され、解消される地点に来ているのだろう。さもなければ、それはあまりにも重くなり過ぎて、あなたは生きることも、笑うこともできない。

私はあなたに見守る者を教える。

古いものだろうと、新しいものだろうと、惨めさのパターンから抜け出す唯一の方法は観照することだ。私はそれを、唯一の方法だと言う。観照者にならずして、マインドから逃れた人はいないからだ。

ただ観照してごらん。そうすれば突如として、あなたは自分の惨めさを笑い始めるだろう。私たちの惨めさはすべて、とても表面的なものーーそして、何よりも肝心なのは、それはすべて借り物だということだ。

もしすべての人が注意深く、瞑想的になれば、この世に傷はなくなる。これは可能だ。もし私に可能なら、誰にとっても可能なのだ。

こちらの書からの抜粋ですが、

さすが15万冊もの蔵書を読破した和尚さん、

「観照する」ということについては、こちらに記しましたが、

何であれ、見守ることのできるものは、あなたから分離する。何であれ観照できるものは、あなたではない。あなたは観照している意識だ。

どうやら「前世の記憶」というは、そのすべてが個人のモノとは言えないようですが、

ゲリー・ボーネルさんの言うところのダイアード、

①トライアード(三位一体)

非物理的形体 基本的第一次存在・・魂(ソウル)
創造された最初の瞬間から全体であり、完成された存在

②ダイアード(二元性存在)
物理的形体 基本的進化存在・・肉体(エネルギーをベースにした物質)

つまり「継続する肉体意識」のために、ご先祖様を大切にするのはイイ習慣ですし、

いずれにせよ「前世の記憶」にこだわるより、

「自分の記憶で他の人に重荷を負わせることがない」ことが大切なようですネ。


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