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アルクトゥルスの<魂>情報と矢作直樹の「人は死なない」&森田健の「諦める」

アルクトゥルスの<魂>情報と矢作直樹の「人は死なない」&森田健の「諦める」

2016年、東大の名誉教授となった矢作直樹氏は、2011年に「人は死なない」という書を出し、

東大医学部附属病院救急部・集中治療部部長のお言葉ということで話題になりましたが、

矢作直樹医師の60歳前なのにお肌ツルツルな姿に、

「ひょっとしたら不食?」という方に関心が向きましたが、どうやら不食ではないようです。

不食美人なジャスムヒーンさんは、

学習したことを継続するためにも、なるべく長く生命を維持することを望んでいると言ってましたが、

今生で学んだことを忘れずに覚えていることは、死後の世界で「スープ」を拒否すれば可能であると、

「生まれ変わりの村」を調査し続けている森田健氏は確信しており、

また、運命とは変更可能な点もあるけど、大まかな運命は決まっていると述べています。

したがって不食に導かれて長生きする運命かどうかも決まっているわけであり、

森田健氏は「快」に身を委ねることが運気アップの極意だとしてますが、

有り余る人工的な娯楽の渦の中、

自分の魂が本当に「快」と感じるモノが何なのか、分りにくいのが現代社会であり、

ロシアの元物理学者の言うところの「魂と理性の一致」を敏感に感じ取れて、

「魂の快/不快の選択」が出来るようになることが大切です。

また、覚醒した精神科医のホーキンズ博士は、

「人の寿命はあらかじめ決まっている」と申してますが、

不思議な治療士だった故ペルーの先生もそう言ってましたので、寿命に関しては覚悟を決めて、おおらかに生きる方が断然にお得なようです。

とは言え、人間の寿命は宇宙的に見ると極めて短いのは確かで、

宇宙の同胞であるアルクトゥルス人達は何十万年〜千万年という寿命を維持しており、

そういった長ーい学習体験から見た「魂」とはこういうものです。

<魂>

私たちの経験からしても、また、すべてとは言いませんが多くの存在の経験からしても、私たちはよほどの状況にならないかぎり決して破壊されないエネルギーの一点を有しています。

物理的な死を迎えても、このエネルギーの一点、この光のきらめきは存続します。ただし個人としての人格を伴うわけではありません。いわばその一点に全体験の精髄つまり蒸留物が凝縮されているのです。その状態でしばらく宇宙空間や、さまざまな高次元の現実をただよい、ふたたび個として「生」を体験するかどうかを決定します。つまり、どこかの次元の現実で「身体に転生」することを撰べるのです。

私たちは選択することができます。しかし、どうなるかは多くの要素に左右されます。転生したいと望む次元に見合った資質を持っていなければならないのです。したがって次はもっと高い次元に生まれ変わりたいと思えば、生きているうちに高次元の資質を養っておかなければなりません。

私たちが見たところ、あなたがた地球人も同じような状況にあります。

多くの伝統や宗教が「魂」について語っていますが、私たちの経験では、死後も個性や人格がそっくりそのまま生き延びて次元を行ったり来たりするようなことはありません。しかし、エネルギーの一点つまり光のきらめきは、ずっと存在しています。そこでは、あなたがたなら「可能性の場」とでも呼ぶようなものが問われるのです。

あなたがたの多くが理解している魂には、個人的な経歴やアイデンティティが保持されています。私たちは人間が死のプロセスを通過するように魂を経験することはありません。私たちが経験するのはエネルギーの一点、光のきらめきであり、そこに個人的な経歴やアイデンティティはありません。

人生の波動の性質が凝縮されたその本質だけが、光のきらめき、エネルギーの一点に集約されるのです。この一点はある種の磁気を帯びていて、つちかった資質にふさわしい波動レベルや現実次元に引きつけることになります。

そのために私たちアルクトゥルス人はできるだけ長く生きたいと望んでおあり、再生技術を開発した理由もそこにあるのです。

どうやらアルクトゥルスの方々と地球人の「魂」では、

「私たちの経験では、死後も個性や人格がそっくりそのまま生き延びて次元を行ったり来たりするようなことはありません」

という点に大きな違いがあり、人間の寿命、転生サイクルの短さには「個性や人格」、つまり自我が関係してそうな気配です。

そして、

「したがって次はもっと高い次元に生まれ変わりたいと思えば、生きているうちに高次元の資質を養っておかなければなりません」「つちかった資質にふさわしい波動レベルや現実次元に引きつけることになります」

とのことで、「転生」には「引き寄せの法則」が適用されるようですが、

いずれにせよ、肉体を持って生きているうちに分らなかったことは、「死んでも分からない」のが正解のようで、

森田健さんの生まれ変わり情報でも、

まるで引き寄せられるように妊婦さんのお腹に飛び込んでますが、

スープを飲まずに前世からの「私という意識を継続」している方々の証言によると、

生まれ変わっちゃうと何故か「性格も変わる」とのことですから、

自分や他者の性格の欠点(と見える)ことをアレコレ気にするよりも、おおらかに構えて「諦める」のも妙案ですネ。

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COMMENTS & TRACKBACKS

  • Comments ( 4 )
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  1. 良い人生の後には必ずより良い人生が待っている。。。
    わるい人生の後にはよりわるい人生が。。。?良い人生、より良い人生とは。。。?
    それにしても罰と御褒美って姿カタチを変えて何時でもどこでもすぐ出てきますよネ。
    でもまー聞き手のお好み受け取り方の問題もあるので、だからペル先生のような人に指導する立場のひとってタイヘンなんですネ。

    • 自分的には、自分のすべてを受け入れることがゴール(覚醒)だと思ってますが、それがなかなか難しいです・・

      「より良い人生」は、より受け入れがたい部分が少ない人生であり、一般的な成功とか関係ないですから、五井さんみたいな人は、案外、次回はごく普通の人として生まれ変わったりするかもしれませんネ。

      ペル先生については、その通りで、相手によって使いわけてましたが、わからない人は最後まで「困ったちゃん」だったりしましたよ。

      • たぶん五井野さんも、怪奇大作先生だって、始めは世の中を良くしようとガンバってたんだと思いますけど、自分を支持してくれるひと達との関係性とかで躓いちゃって、良からぬ方向へとハマってしまったんでしょうネ。

        先生としては生徒の安全とかを考えるワケですけれど、教えの為に本当のコトを言うのとかも危険がある(それを隠蔽しときたい人たちの敵となる)ため、たぶん教えられた生徒の方はワケがわかっていないので(煙に巻くための擬似真実がたくさん用意されてる)「こんなのはほっといて良い」と敵側にも思ってもらえますが、わかってるひとが公言すると大変なんですネ。

        こうしてアブナイことになったとき、生徒さんが例えば「ペルさんなんて知らないし関係ありません!」とかいってくれるような人だと先生としても安心だったりするのですが、先生のことを心配して及ばずながら先生を助けて一緒に戦おうとするような生徒さんの場合は先生としては気持ちはワカル(ある程度似たところがあるからこそ出会う法則)し、とはいえ戦いは弱いところを攻められるのはわかっているので、実際はとても困ったりすると思います。

        というのも、ふつう生徒として学ぼうと来る人たちは自身を向上させたいとか思っているワケなので、逆に危なくなったりましてやコロコロされるとかだと当初の目的から大きくハズレてしまうので、その生徒さんが「コロコロでも本望です!」とかいう感じなら良いんでしょうけど、大抵は違いますよネ。

        たぶんこのあたりがジェームズさんが言ってた教師と生徒の問題点?というか難しいところなのかなと思います。

        • すごい含蓄深い読みで、さすがのインボー歴ですネ。

          ペル先生の場合、生涯、タダの治療士でいたところがスゴイと今更ながらに思ったりしてますが、

          永らく一緒にいてよくわかったことは、本当に感受性の強い「感じる」人たちは、なるべく目立たないようにしているということです。

          まあ、それでも「追っかけ」が出ちゃうわけですが、「去る者追わず、来るもの拒まず」は、

          <(ある程度似たところがあるからこそ出会う法則)>

          ではあるけど、家族とかの波動も関係しているので、けっこう大変そうでした。

          27さんの指摘で、ペル先生が晩年、あまり喋らなくなった理由が腑に落ちたりもして・・ありがとうネ。

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