酵素カフェ

「ラー文書」の「ヒーリングを行う二種類の人」とアダマス・セント・ジャーメインの「途方ない変化」

「ラー文書」の「ヒーリングを行う二種類の人」とアダマス・セント・ジャーメインの「途方ない変化」

標高1200m以上ある清里高原では、連休の頃から一斉に花が咲き揃い、

香しい新緑の中、
DSC_7334
桜もまだ咲いてたりして、
DSC_1560
ホント、見てるだけで癒され、
DSC_7449
自然こそが、最高の「ヒーリングだなあ〜」と感じますが、

第六密度の「社会的記憶複合体・ラー」さんによると、

「ヒーリングを行う人というのは、今回の転生にそうした能力を持って生まれて来ている」

とのことで、そしてそういった能力者には二種類いて、

「必ずしもそういった能力を使おうとはしない」ポジティブ志向の能力者もいるようです。

治癒できる人には二種類います。あなた自身のように「一なるものの法則」の英知を与える方向性をもつ生得のゆがみを有し、治癒ができるのですが、してない人。

それから、同様な知識を持っていても、心にも身体にも霊にも「一なるものの法則」の方向性をもつ目立ったゆがみを示しておらず、それにもかかわらず同様な能力への経路(チャネル)が開いている人です。

要は、相応しい訓練を受けてなくとも、とでも申しましょうか、それでも治癒を起こしうる人がいるということです。

また、興味深いことに、自分の生き方が自分のやっている仕事に見合っていない人の場合は、知的無限のエネルギーの吸収にいささか困難を覚えるようになります。そして、自分自身や他者のあいだに不調和を生み出すほどに、ひどくゆがんでしまう可能性があります。

そうなってしまうとヒーリング活動をやめる必要性すら出てくるかもしれません。したがって最初に述べたタイプに属するところの、奉仕を求め思考や言葉や行為についてのトレーニングを厭わない人たちは、ヒーリング分野における奉仕の方向性をもつゆがみを、無理せず楽に維持できる人たちであると言えます。

つまり職業的なヒーラーの中には、ネガティブな「自己への奉仕系」の人がいるかもしれず、

そんな人でも「知的無限への通用口」を使って、超常現象的なことを起こすのは可能とのことで、

カルト宗教につきものの、「おかげ話」はそんな例なのかもしれません。

さて、個人的には「ヒーリング」より摩訶不思議なのは、進化系のモバイルなネット社会で、

先日、ついに「アイ・パッド」デビューして、
DSCF0822

モバイル・ルーターにしたのですが、
DSCF0819
残念ながら、清里の家は「圏外」で、まったくNG!!

八王子ではそこそこ繋がっていたので、「イケルかな・・」と思っていたので、ちょっとガッカリでしたが、

八王子に戻ったら素敵なお便りが・・
DSCF0823

熊本地震のあった4月14日は誕生日だったんですが、

2004年の春から一年間、「バッチ」係としてお世話になったアロマショップで一緒だった方からの、
DSCF0824
ブログを読んでくれているというウレシイメッセージで、
DSCF0826

考えてみたら、「バッチフラワー」でアロマショップにいたのは14年も前のことなのに、

覚えてくれていたのは、やはり「ペルーの先生」を紹介したからなのか、『(ブログの)ペルーの先生のお話にも感謝です・・』と綴られてました。

2000年に出会った不思議な治療士の「ペルーの先生」には全く怪しいとことがなく、

「僕に出来ることなら何でもしてあげるよ!」というお言葉通り、「無私の奉仕」を身上としていたお方で、

たくさん人を紹介しましたが、一度の出会いで人生が変わるほどの輝きで、皆さん大満足してました。

残念なことに、2012年の4月16日に突然宇宙に帰還され、

誕生日と恩師の命日が重なった「熊本地震」は、忘れられない日付となりましたが、

ネット音痴な自分がブログを通じて14年前の同僚と繋がれるのは、情報産業に詳しいライターのオカベさんをペルーの先生と引き合わせたご縁でもあり、

「ペルーの先生」の治療法は、しっかり息子のペルーラムさんが引き継ぎ、
DSCF0592

先生が体現していた「奉仕のパワー」が、どんどん広がっていることを日々実感してます・・
DSCF0666

そして、そんなポジティブな加速はどんどん強まっているようで、

2009年の後半に、「創造のコアにおいて、二元性意識のコアの部分で光と闇が再統合した」

と伝えるアダマス・セント・ジャーメインさんによると、

私たちは今、「途方もない移行をくぐり抜けている」最中とのことです。

あなたは途方もない移行をくぐり抜けています。もはや制限された人間の必要性を抱えるただの人間ではなく、神性を、内側の神を、いまあなたの人生に統合させようとしています。この瞬間に人間と神性を統合させてあげているのです。もはや単なる哲学ではなく、単なるいくつかの言葉でもなく、月に一度勉強会に行っても自分の世界に戻れると忘れてしまうようなものではありません。あなたは現実に本当にそれをやっています。

したがって、この統合のプロセスではあなたが欲しいと思ってきたすべてのものが不明瞭になり、混乱状態になります。重要だと思っていたすべてのものに関して、あなたにはもう確信が持てません。どんな未来のゴールも突如として、あまり興味を持たなくなります。情熱だと思っていたものが、突然エキサイティングなことではなくなります。それは明日になれば間違いなく変わっています。でもそれは良いことです。本当です。あなたは何も問題はありません。・・

ほとんどの人間にはゴールや計画があります。それは彼らをA地点からB地点に連れていきます。そこに到達すると幾分ホっとして、今度はB地点からC地点に行きます。興味深い現象です。・・あなたはまさにそうやって人生を生き延びてきました。

若い頃、学校生活を乗り切るためにあなたはゴールを持ちました。それからキャリアと家庭を持つゴールに移りました。次々にゴールを持ちました。・・

さあ、少し身を引いてみてください。それはずいぶん制限のある生き方ではないですか?あるいは怖れに満ちた生き方ではあるとまで言えませんか?少なくともあまり満たされない生き方ではないでしょうか?ほとんどの人はそのように生きています。・・

あなたのゴールを解き放ってください。
あなたの欲求を解き放ってください。
古い期待を解き放ってください。
それはすべて、もう変化するからです。すべてが変化していきます。

日進月歩の「途方ない変化」はモバイルの世界も同じで、
DSCF0820

まさに「すべてが変化していきます」な時代ですが、

そういえば、アロマセラピストだったこの彼女も、
DSCF0826

元プログラマーさんでしたが、楚々とした美女で、

ペルーの先生は彼女に、「あなたは先生だから・・」と言ってましたが、

今はご主人のお母様と同居して介護しているという彼女や、

ネットを通して人々をつなぐオカベさんの活躍を見ていると、

<岡部照将@ミタカマグ総合演出>

@OREGADGET 4月14日

なんだかんだで第4回を迎えたWordBench三鷹なんだけど、なぜか参加者が40人オーバーしてたし、ライター志望の女子を捕まえたし、Web制作案件も頬受注できたし、とりあえず今日まで生きてて良かった♪

Davb-ygUMAAajVy場所: 三鷹産業プラザ

twitter

今という時代は、ヒーリングの力があらゆる分野で生かされている時代であり、

第六密度の「社会的記憶複合体・ラー」が伝える、

「一なるものの法則」の英知を体現する、「治癒ができるのですが、してない人」って、潜在的にたくさんいそうで、
DSC_2113
そういった方々が「自然体で生きていける」ネット社会に進化していきたいものですネ!


URL :
TRACKBACK URL :

コメント & トラックバック

  • コメント ( 6 )
  • トラックバック ( 0 )
  1. ラーはこのヒーリングというものをネタにして、自由意志についての色んなコトを説明してますネ。
    例えば、それぞれの経験が希釈にならない様に、他者からのアプローチや教え等を慎重にブロックして弾くプログラムとかの説明には大変ナットクしました。
    そういった意味からも下記のセッションはラー文のハイライトとも言える、大変充実した内容になっていると思います。もう何回読んでも面白いですネ。

    セッション66  1981年8月12日

    Q5質問者: 本日の議論と致しましては、結晶構造化したヒーラーを通じて行われる事となる所の”ヒーリング活動”というのものついて、それがどの様に行われているのか、そのメカニズムについて調査を行いたいと考えております。
    先ず、私がこの論題に関して言及の一つを行いますので、次に、貴方から、この私の考えに対して修正を行って頂けますと幸いであります。

    私から見受けられる所では、一度、ヒーラーが適切な平衡状態の内に置かれる事となり、その有するエネルギー中枢らが非閉塞状態の内に置かれた場合には、彼とは、何らかのあり方の中、”光の集積器”の一つとして作用・機能する事が可能となり、更には、”光の焦点化装置”の一つとしてこれが機能する事が可能となって参る、という事でしょうか。
    その様な中、これら光の集積の働きの行われる状態とは、丁度ピラミッドの一つが機能を行う中で(光を集積させる)際と同様のあり方であり、もしくはこれに相似される状態であり…、そこにおいては、”左手側”を通じて光が集積され、もしくは、これが取り入れられる事となり、次に、”右手側”を通じて、この光が放出・発散される事となって参ります。
    この様にして放射された光が、次に、何らかの方法によって、ヒールを受ける者の体が有している所の、その第一チャクラと第七チャクラから発せられている所の(防御的)”覆い・外被”(envelope)…、あるいは”振動的性質からなる覆い”、この(反発)作用を貫く事となり、その後、ヒールを受ける存在のエネルギー中枢らに対しては、再調整が行われる事が可能となって参る、という事なのでしょうか。
    この言及に関しては、私は、私の推測が完全には正しくない事を確信しており…、更に恐らくは、これが、かなり事実からは外れたものとなっていると思います。 それでは、貴方からこの私の推測を再編して頂き、これが意味を為すものとなる様に修正を行って頂けるでしょうか?

    ラー: ラーです。 その貴方の御推測…、結晶構造化したヒーラーの行う働きとは、ピラミッド構造物の王の間の位置において行われている所の働きに類似するものである、という御推測とは、正しいものであります。 しかしながら、上の御言及に関しては、我々から御指摘可能な多少の修正部分もが存在しております。

    第一に、ヒーリングに使用される事となる所のエネルギーとは、(仰られる様に)ヒーラーによって伸ばされ・広げられた側の手によって、その有するエネルギー場-複合体内に対して取り込まれて行く事となって参りますが…、この伸ばされた側の手とは、(物理的な意味合いにおける左手という訳ではなく)、”極化状態という意味合いの中における手”(その存在にとって取入れを行う側の手)という事であります。
    その後、このエネルギーの取入れを行う手がどちらの側のものであれ、この様にして取り込まれる事となる所のエネルギーとは、(すぐにエネルギー中枢らへと至るのではなく)、体内の様々なエネルギー・ポイントらを循環した後に、”脊椎の基底部”へと至る事となり、更には、このエネルギー内の或る量とは、その”足の甲”へと至る事となり…、その後、このヒーリング・エネルギーとは、この足の甲の位置から、”螺旋状態の中”、ヒーラーの主要エネルギー中枢らを通過して行く事となり…、つまりは、この(当初、半-螺旋状の)エネルギーに対しては、赤色光線中枢の位置において螺旋状の偏向作用の付与が開始されて、黄色光線中枢へと至るまでに、これが螺旋状のエネルギーの一つへと改変されて行く事となるのであり、更には、このエネルギーとは、緑色光線中枢を通過する際には、ピラミッドの王の間において展開されている所のプラナ・エネルギーの構成配置状態、この縮図の一つの中を通過して行く事となって参る、という事であります。
    その後、このエネルギーとは、進行を継続させ、ピラミッド内における第三の螺旋エネルギーに例えられる状態の中、その青色光線中枢を通過して行く事となり、”この位置”(藍色光線中枢の間違い?)から、通路・門・ゲートウェイを通じて、再び、これが覚醒無限へと送り返されて行く事となって参ります。

    その様な中、(そこでヒーリングが行われる場合には)、このヒーリングに必要とされる所のプラナ・エネルギーとは、この例の中における緑色光線中枢の位置から、極化状態という意味合いにおけるヒーラーの”右手側”内へと移動を行う事となり、この右手側(ポジティブ側)の位置から、ヒールを受ける者に対してこのエネルギーが送り出される事となって参ります。

    ただ、このヒーリング作業がどの中枢において行われるのかという点に関して、我々から特筆可能な事柄としましては、そこには更に、このヒーリングの為のエネルギーの送り出しを上の緑色光線中枢の位置からではなく、”黄色光線中枢”の構成配置を通じて行っている所の者達もが存在している、という事であり…、その様な黄色光線を通じてのヒーリング行為とは、実際に可能な振る舞いではありますが、そこで行われる所のヒーリングの有効性に関しては、疑問が投げ掛けられる事となって参り…、更には、以下の関係性…、そこで作業を行う所のヒーラー、つまりはそこで用いられる所のヒーリング・エネルギーと、ヒーリングを必要としている所の要請者、この二者の関係性に対しても疑問が投げ掛けられる事となり…、というのも、そこに真のヒーラーが存在していない場合、貴方も上でご指摘された所の(第一チャクラと第七チャクラから発生されている所の)”防御的覆い”、これを、ヒーリング・エネルギーが貫く事が可能ではなく、よって、真のヒーリングが発生する事が無い為に(病の完全な根治が行われず)…、結果的に、この要請者とは、自らに対してヒーリング・エネルギーが”常に転送され続けている”状態を必要とする事となって参るからであります。

    質問者: それでは、上の様なヒーリング行為とは、第五密度もしくは第六密度から遣って来ている所のワンダラーの一人によっても試みられる事が可能ではありますが、しかしながら、その様な試みが行われた場合にも、彼らとは、僅かな作用のみしか発生させる事が可能ではなく、もしくは、全く作用を及ぼす事が可能ではありません。
    この点が私に対して指し示す内容としては、(このヒーリング活動が可能となるかどうか、その違いとは)、行為を試みる存在のどの身体が活性化されているか、この違いの中に何らかの関係性が存在している様に思われ、というのも…。 それでは、貴方から仰って頂きたい内容として、ワンダラーがこのヒーリング活動を行う事が出来ない事の理由とは、彼が受肉時において何を失った事が理由となっているのか…、更には、彼の(本来有している所の)ヒーリング能力を完全なものとする為には、何故、彼とは、特定の平衡状態らを再確立して、或る能力らを取り戻す必要があるのか、これを教えて頂けるでしょうか?

    (訳注: この部分、暗に自分達の事を意味していると思われる)

    ラー: ラーです。 貴方は、この例における(ヒーリングを試みながらもそれを行えずにいる)ワンダラーを、以下を試みている所の幼児と見なす事が可能であり…、あなた方人々が用いておられる所の”音声複合体ら”(言葉ら)を、自らも発声させようと試みている所の幼児として考える事が可能であります。
    嘗て自らも対話能力を有していたという記憶が、幼児の未発達状態の心-複合体の内部には残されておりながらも、このいわゆる”話す”という行為、これを実際に行い、もしくは、これを物理顕現させる為の能力とは、この存在に対しては誕生後に即座に与えられる所の能力とはなっておらず…、その理由は、この経験世界内において、その一員・一部となる為に自身が選択した所の心/体/精神-複合体、これが、足かせ・制限らとなって参るからであります。

    つまりは、ワンダラーとなる行為の中には、以下の経験が付随する事となり…、彼らとは、嘗て、自身の故郷の密度においては、自ら(その体に対して)”調整作用らを及ぼす”事が可能であったという快適さの記憶、これを留めた状態の中に置かれておりながらも、第三密度へと進入を行った事が理由となり、そこで自己が選択した経験、それが有する所の制限らが理由となって、上の記憶を物理顕現させる事が出来ないという困難を有する事となる所の者達である、という事であります。 この様に、一ワンダラーが第三密度においてヒーリングを行う事が可能となる所の可能性とは、この第三密度が出処である所の(通常の)者達、彼らの有する可能性を若干上回る程度のものでしかなく…、唯一、彼ら(ワンダラー)が、通常の者達に比べてより大きな奉仕心を有し、その様な具体的な奉仕活動を選択している事が理由となって、通常を若干上回る程度の可能性を有するのみである、という事であります。

    質問者: それでは、ワンダラーではなく、第三密度の身体と第四密度の身体とを二重に活性化させた状態の中で有する所の者達…、他の第三密度から収穫された後に現在ここへと遣ってきている所の者達に関しては、彼らの有するヒーリング能力とは、どの様な状態の中に置かれているのでしょうか? 彼らとは、我々がこれまでに議論して来た所のヒーリング方法らを用いた中で、実際にヒーリングを行う事が可能な状態の中に置かれているのでしょうか?

    ラー: ラーです。 多くの場合、彼らとは、仰られた様にヒーリング作業を行う事が可能な状態の中に置かれておりますが…、彼らとは、未だ(今後出現する所の)第四密度の開始者ら・初心者ら・ビギナーでしかない為に、その様なヒーリング行為を実際に行いたい、といった意欲を有してはいないでありましょう。

    質問者: それでは、仮定として、ここにワンダラーの一人が存在するとし、彼とは、この第三密度内にいわば”囚われている”間に、(他者らに対する奉仕行為として)、このヒーリング作業に関する技術らについてを学びたいという意欲を有する事となったと仮定致します。
    その場合、彼とは、その後、このヒーリングを行う事が実際に可能となる為には、私がこれまでに理解した所では、その主な関心事としては、”自己の平衡化作業”と、”自己のエネルギー中枢らの非閉塞化作業”に対して関心を有する事となり、これら作業に従事する事となって参る、という事でしょうか。 この推測は正しいものでしょうか?

    ラー: ラーです。 仰る通りであります。 ヒーリングを試みる所のヒーラーが平衡化された場合にのみ、その存在とは、更にもう一方の他自己(患者)を平衡化させる為の一チャネルとなる事が可能となって参る、という事であります。
    この点において、この理解を別の表現で言い表させて頂くならば、ヒーリング作業とは、第一に、(それを他者に対して試みる前に)、先ず自己に対してこれが実行され・訓練されなければならない、という事であります。

    質問者: それでは、この例えを更に進め、このヒーラーである所の人物が、もう一人の他自己(他者)に対してヒーリング作業を行う場合についてを仮定し、この他自己が、その可能性として、事前にプログラムされた所の(病からなる)成長触媒というものを有してこれを経験しており、その働きが理由となって、そこにヒーリングが必要とされると見受けられる様な一状況を作り出していると仮定します。
    それでは、この様な一状況において、そこで行われる事となる所の事態とはどの様なものであり、更には、このヒーラーが、この事前にプログラムされている所の(病という)成長触媒、これが作用を行っている所の一状況に対して働きかけを行い、そこにヒーリングを発生させた場合には、そこで生ずる所の様々な派生結果らとはどの様なものとなって参るのでしょうか?
    私の推測では、この型のヒーリング作業においては、この事前にプログラムされた所の(病の)成長触媒とは、以下の点においてのみ、これがこのヒールを受ける者にとっては有用な触媒となって参り…、このヒールを受ける者とは、事前にこの(病という)成長触媒をプログラムする中で、(実際にこの病を経験する事を目的としていたのではなく、その後、そこに対してヒーリングが行われる事を計画していたのであり)…、その事によって、このヒーリング経験を通じて自身が得たいと望んでいた所の”気付き・理解”、これに至る事が出来る様になる為であった、という事なのでしょうか。 この私の推測は、正しいでしょうか?

    ラー: ラーです。 貴方の御推測とは、これが決して完全に正しくないとは申せませんが…、成長触媒が経験の中で実際に使用されて行くという流れの中では、それが現実には確認される事が無い所の、或る”非柔軟性・堅苦しさ”を帯びております。

    ともかくも、ヒーラーの役割とは、(患者の有する)”エネルギー中枢ら”に対して、その”再編”の為の機会の一つを提供する事にあり、もしくは、この再編作業が可能となる為の”援助を提供する”事にある、という事であり…、もしくは、心と体の間に存在する所のエネルギーらの結合具合に対して、また、精神と心の間に存在する所のエネルギーらの結合具合に対して、もしくは、精神と体の間に存在する所のエネルギーらの結合具合に対して、そこにに再編の為の一機会を提供し、もしくは再編の為の援助を提供する事にある、という事であります。
    しかしながら、これら援助作用に関しては、その後半の(精神と体の間に存在するエネルギーらの結合具合の再編に関する)援助とは、ごく稀にしか行われる事のない所の作業となっております。

    その後、(ヒールを)求める者とは、このヒーラーから提供される所の機会・援助…、この自身のあり方に対して与えられた所の”新たな観点”に対しては、もしくは他の表現では、新たな構成配置状態とパターンを与えられた所のこのエネルギーの新たな流入方法に対しては、これへの反応として、相反する二つの反応を行う事の可能な立場の内に置かれる事となって参ります。
    つまりは、もし、この例における存在が、それが如何なる意識レベル上における判断であれ(表面意識による判断であれ、ガイド・潜在意識による判断であれ)、そこに留まる事を選択し、現在有している所の歪曲状態(病)からなる構成配置具合…、ヒーラーからはそこにヒーリングが行われる事が必要とされている様に見受けられる所の歪曲状態、その内に”留まる”事が望まれている場合には、(ヒーラーがヒーリングの為の機会を提供したとしても、これが受け入れられる事は無く、従って)、この(病の)状態の存続が行われる事となって参ります。
    一方で、もし、このヒーリングを求める者が、自己に対して与えられた所のこの新たな構成配置具合を受け入れる事を選択した場合には、その後、このヒーリングが、その人物の自由意志との兼ね合いの中、そこに実現される事となって参る、という事であります。

    この様に、ヒーリング過程が発生するかどうかが、存在(患者)の自由意志との間に関係性を有しているという事、この点こそが、他の型のエネルギー転送方法ら(黄色光線中枢を通じてのヒーリング方法)が用いられた場合には、そこにヒーリングが発生する事が困難なものとなる事、その理由の一つとなっており…、というのも、この他の(黄色光線の)型のヒーリング方法らとは、患者の自由意志による選択過程というものを”やり過ごし・通過する”事が可能ではなく、(一方的にヒーリングを強要する型のものとなって参り)…、というのも、(他者の意思を尊重しつつも、相互理解と受容を通じて、そこに作用を及ぼすという)”この過程”とは、未だ黄色光線上には備えられていない性質の働きであるからであり…、(従って、この黄色光線を通じてヒーリングが試みられた場合には、このヒーリング作用が患者の自由意志との間で干渉を引起す事となってしまうからであります)。

    質問者: それでは、一心/体/精神-複合体が、自己のいわゆる”心の構成配置具合”(心の有り様)に対して改変を行うという方法を通じて、自ら、自己に対してヒールを行う場合と、ヒーラーの一人によってヒールを受ける場合とでは、これらの間には、哲学的観点から観察された場合、どの様な違いが存在するのでしょうか?

    ラー: ラーです。 貴方は、思い違いの一つをされております。ヒーラーがヒールを行うのではありません。
    結晶構造化したヒーラーが、そこに覚醒無限が流れ込む為のチャネル・経路の一つとしての働きを行う中で、ヒールを受ける者に対しては、そこに機会の一つが提供される事となり…、その中で、患者とは、自身に対して自らヒールを行う事が可能となって参る、という事であります。

    このヒーリング行為というものが叙述される際には、如何なる場合であれ、これ以外に他に表現は存在致してはおりません。
    この様に、ヒーリングとは患者自身が自らに対して発生させる所のものなのであり、従って、(この点を示した良い例として)、援助を求める者がヒーラーに対して事前に接触を行っておらず、その具体的援助要請内容がそのヒーラーに対して事前に伝えられていない中、ヒーリングが試みられた場合であってさえも、そこでは、通常通り、何ら変わりの無いヒーリングが発生するといった事態が確認される事となって参る、という事であります。
    更には、この(ヒーリングは自ら発生させるものであるという)理解とは、あなた方の文化内に存在する所のより従来型のヒーラーら(対症療法的医師ら・従来の医師ら)、彼らに対しても伝えられるべき所の内容でありますが、もし彼らヒーラーが、唯一この点に気付き、彼らとは、ただ単に、この患者自身によってそこにヒーリングが行われる事、その為の”機会”を提供しているだけなのであり、ヒーリング作用それ自体を提供しているのではないという事、この点が完全に理解されるならば、それらヒーラーの多くとは、誤った考え方によって自身が背負っていると考えている所の莫大な量の責任意識、これら負担から開放される事が可能となって参る、という事であります。

    質問者: それでは、一心/体/精神-複合体とは、ヒーリングを発生させる事を望む中で、そこに”集積され焦点化された光エネルギー”を求めて、時として、(自己の内ではなく、その外側に)”光源”の一つを捜し求める事となる場合もある、という事であると思います。
    この(外部に求められる事となる)光源こそが、このヒーリング目的の為に十分に結晶構造化されている所のもう一人の心/体/精神-複合体である場合もあり、もしくは、これがピラミッド形状物である場合もあり、或いは、その可能性としてそれ以外の他の対象となって参る、という事なのでしょうか。 この推測とは正しいものでしょうか?

    ラー: ラーです。 それら対象とは、一存在がヒーリングを求めている場合に、(最終的に)、自らが(自らの内に)ヒーリングを獲得する事が可能となる事、そこへと至るまでの経路ら・手段らの内の”幾つか”であります。 仰る通りであります。

    質問者: それでは、一存在がそこにヒーリングを獲得する為の対象として、これ以外に存在する所の他の方法ら・援助対象らについてを教えて頂けますか?

    ラー: ラーです。 恐らく、最も偉大なヒーラーとは、”自己の内側に存在する所の自己そのもの”の事であり…、以前にも御指摘致しました様に、”瞑想・熟考を継続して行う事”によって、このヒーリング・エネルギーに対しては、その内部に分け入り・これを引き出す事が可能となる事でありましょう。

    一方で、あなた方人々の間において現在利用可能となっている所の(現代医療も含め)
    多くのヒーリング形態らもまた、それぞれの内に利点・美徳が存在しており…、従って、それぞれとは、物理的身体複合体の振動歪曲状態らに対して改変を行う事を望む所の要請者らにとって、もしくは、その心/体/精神-複合体内の様々な部分らの間に存在する所の様々な連結性具合、それらの内の何れかに対して改変作用を与えたいと望む所の如何なる要請者らにとっては、これらもまた、適切な方法であると見なされる事の可能なヒーリング方法となっております。

    質問者: 私はこれまでに、フィリピン諸島の地域において、”心霊治療”(psychic surgery)として知られる活動らの多くを観察して参りました。
    そこで私の感じた仮説としては、それら治療を行う所のヒーラー達とは、ヒールが行なわれる所の患者に対しては、私の表現では”補助的援助”の一つを提供しているだけなのであり、もしくは、その患者の心の内部に、心の構成配置具合に関する再編を生み出す為の”一方法”を提供しているのみなのであり…、この働きによって、比較的に純真で疑う事を知らない状態の患者達が、ヒーラーの行う(仮の治療)行為を目にし、そこで血液等が物理顕現する様子を目にする事によって、恐らく貴方の表現に従うならば、”心の根幹部分”から再構成が行われるという事態が引起され、ヒーリングが成し遂げられたと信じる様になり…、この事によって、実際の所は、患者自身が、自らの力によってそこにヒーリングを発生させる事となる、という事なのでしょうか。
    この私の分析とは、正しいものでしょうか?

    ラー: ラーです。 仰る通りであります。 我々は、この型のヒーリングに関しては、この機を利用させて頂き、若干踏み込んだ中で更にお話させて頂く事が可能であります。

    時として、この改変・治癒されるべき悪状況が、その存在の感情との関連性の中で発生したものではなく、その心のあり方との関連性の中で、もしくは、その精神のあり方との関連性の中で発生したものでは無い場合が存在しており…、その悪状況とは、恐らくは単に偶発的に、(親から受け継いだ所の)遺伝子配列(上の誤配列)が理由となって発生しているといった場合が御座います。
    その様な事例らにおいては、この悪状況とは、そこに治療が行われる事によって、一度これが視覚上明らかに非物理顕現状態の内に置かれた場合には、この状況とは、その後、非顕現状態の内に留められる事となり、如何なる者の目からも、この非顕現状態が継続されている事が観察される事となるでありましょう。 一方で、感情的、心的、もしくは精神的なエネルギーの”負荷・電荷”(charge)を帯びた中で発生した所の悪状況とは、(そこに対して治療が行われたとしても)、これが非物理顕現状態の内に長く留まる事が無く…、その後、この悪状況とは、それを観察する一者に対しては、この悪状況が発生している所の”真の意味・理由”を指し示す事を目的として、これが、客観的指示物として今一度、顕現状態となって参ります。
    しかしながら、この病を患うという機会、(その真の意味)が探求者によって取り上げられ・そこに考察が行われる事となった場合には、その物理的身体複合体上の視覚上・外見上の悪状況、その生み出す影響とは、貴方がこの歪曲状態をそう呼ばれる所の、探求者の”実際の健康状態”(主観的健康状態)、これとは”一致しない”状態の中に置かれる事となって参り…、そこにおいては、客観的には、この病という指示物が生み出す所の振動歪曲ら(病状ら)、これが今だに影響を及ぼし続けているという状態が確認されながらも、この存在からは(主観的には)、この病から生ずる不自由さ・不快さが経験されない(この不自由さから影響を受けない)という状況が展開される事となって参る、という事であります。

    この例として、この媒介者(カーラ氏)を取り上げさせて頂きますと、過去に、彼女から小さな三つの”嚢胞ら”が摘出された出来事に関しては、そこにおいては、単に物質が除去されたのであって、この嚢胞ら(の発生原因)とは、この存在の(心・体・精神との間に)何らの関係性を有するものではありませんでした。
    従って、これらの嚢胞とは、そこに対していわゆる”心霊治療”経験の行われた後には、これが非物理顕現状態の内に留まり続ける事となっております。
    一方で、この媒介者に対して更に行われた所の他の心霊治療の件、腎臓らに対して行われた所の心霊治療の件においては、その腎臓に対しては、新たな存在性からなる所の一構成配置が注意深く与えられる事となり、この媒介者とは、それを喜んで受け入れる事となりました。
    しかしながら、彼女のこの腎臓という心/体/精神-複合体における特定部分とは、嘗て、非常な量の感情的、心的、そして精神的な”負荷”を帯びていた事があり…、というのも、(彼女が幼少時に経験した所の)、この臓器がその機能上歪曲を来たすという事態とは、そこに”非常に重大な病”を引き起こす為の切っ掛けとしての働きを担っていたからであり…、この状態が選択された事の理由とは、嘗て、或る構成配置からなる出来事の中において、この存在が、自身は奉仕者となるという試みにおいて(それが適わないと感じ、その結果としてこの密度を去りたいという)意識的決断を行った事が理由となっており、この決断が最終的に形となって現れた事が理由となっております。
    この様な経緯から、現在、この媒介者の腎臓複合体に対して如何なる客観的な走査が行われた場合には、そこには(既にヒールが行われている事によって、この媒介者からは、主観的には、その苦痛が経験されていないにもかかわらず)、現在においてさえも、かなりの程度において極端な機能不全からなる様態が存在している事が確認される事となり…、貴方の呼ばれる所の”心霊治療”経験がそこに行われる以前には、目立った状態の中で存在していた所の状態が、今だにそこに存在している事が確認される事となります。

    この事からも理解される様に、ヒーリングが成し遂げられる為の”秘訣・鍵”とは、機能不全部分という歪曲状態に対して、外部の観察者の目から見て、客観的に、これが継続して非物理顕現状態とされる様に(外から手を加える事を)試みる事ではなく、むしろ、(ヒーリング活動が行われる中で・自身の選択によって)そこに選択され具体化される事となる所の(より健全な)”新たな構成配置具合”…、この”時間/空間側”に発生する所の新たな構成配置具合、これを患者が”自ら選び取る事”の中にこそ横たわっているという事であります。

    (訳注: 空間/時間=いわゆる物質世界、時間/空間=精神世界・形而上学的世界)

    質問者: お話の最後に仰られた所の、”時間/空間側に発生する所の新たな構成配置具合”というものについて、これを詳しく説明して頂けますか?

    ラー: ラーです。 ヒーリングとは、その存在の心/体/精神-複合体の内で、”時間/空間側に存在する部分”において先ずこれが発生する事となる、という事であり…、その後、この発生した状態が、存在の有する”形態発生機としての体”(form-making body)の内に取り入れられ、もしくは”エーテル状の体”によってこれが受け入れられ、その後、それが、空間/時間側の物理的幻影世界内へと伝達されて行き、その心/体/精神-複合体内において現在活性されている所の黄色光線上の体によってこれが用いられる事となる、という事であります。
    従って、このヒーリングとは、実際には以下を意味し、あなた方が”健康状態”(health)と呼ぶ所の構成配置具合(存在状態)が、先ず、時間/空間側に存在する所のエーテル状の体によって受容される事を意味しており、従って、この(時間/空間側においてこの健康状態の受容が行われているかどうか)が、この健康と呼ぶ所の状態が獲得される為の鍵・秘訣となって参る、という事であります。
    従って、このヒーリングが発生するかどうかとは、空間/時間側で行われる所の出来事とは何らの関連性をも有していない、という事であります。
    一方で、このヒーリング過程においては、あなた方が”意思”(will)と呼ばれている所の機能、これが”各次元間を跨いで”作用を行うという側面が確認される事となり…、というのも、この存在の”意思”が理由となって、この(ヒーリングを求める)”探究心”(seeking)、更には、”意欲”(desire)が切っ掛けとなる事によって、その藍色光線上の体が活動を開始させ、この新たに与えられた所の構成配置が用いられる中で、次に、この空間/時間側に存在する所の体に対して改変作用が発生する事となるからであります。
    更には、この改変作業とは、一瞬にして行われる性質のものであり、時間とは何の関係の無い状態の中でこれが行われるものである、と表現される事が可能であります。

    (ここから現在の勉強部屋のカット部分)
    「我々から更に特筆可能な内容としましては、非常に幼い子供らに対してヒーリングが行われる場合には、(ヒーリングとは自ら発生させるものであるにもかかわらず)、そこにおいては、一見した所、明らかにヒーラーの働きのみによってこのヒーリングが発生したかの様に見受けられる場合が存在しており、この子供の側とは、そこで発生したヒーリングに対しては如何なる関与も行っていない様に見られる場合が存在致しております。
    しかしながら、実際の所はこの観察内容とは的を得ていないものであり…、というのも、あなた方の表現では、患者がその”外見上”、どの様な年齢の内に置かれているのであれ、時間/空間側に存在する所のその存在の心/体/精神-複合体とは、(これが相応の歳を重ねており)、従って、それが如何なる時であれ、自身の経験作業の為の対象として(ヒーリング発生という)歪曲状態らを選択してこれを体験する事を”望む”事の可能な状態の中に置かれているからであり…、(従って、上の様な幼い存在に対してヒーリングが発生される場合であっても、実際の所は、時間/空間側に存在する所の自己の選択によって、これが発生する事となっているという事であります)。」以上カット部終わり

    質問者: このヒーリングの発生とその有効性を左右する所の、”意欲と意思”とは…、時間/空間側へとまたがり(ヒーリング発生の為の)作用を行っている所のこの意欲と意思とは、ヒールを受ける側の存在がどの程度の意思と意欲を有しているか、これとの一関係性の中のみで、その(有効性が)決定されて行くものなのでしょうか、もしくは、ヒーラーとの一関係性…、結晶構造化したヒーラーが(このヒーリング発生の為に)どれ程の意思と意欲を有しているか、これとの関係性によっても、また、(その有効性に対しては)影響が及ぼされる事となるのでしょうか?

    ラー: ラーです。 この機会をお借りして我々が申し上げたい事としては、このヒーリング行為とは、”創造主によって行われる所の活動である”、という事であり…、(よって、創造主によって、自らに対して行われる所の完全な・他を必要としない行為である、という事であります)。
    この点が踏まえられた中で、貴方の御質問に対してより具体的にお答えさせて頂くならば、結晶構造化したヒーラーとは、この作業においては、その有する意思の内で如何なるものをも関与させてはおりません。
    このヒーラーとは、このヒーリング行為によって生み出される所の結果、これに執心・左右される事の無い状態の中、このヒーリングが行われる為の一機会をそこに提供しているだけである、という事であり…、というのも、その存在がヒーラーであるという事とは、彼が既に以下の気づきを有している事を意味する事となり…、総てとは本来一つであり、従って、創造主(患者)とは、それ自身(の本来のあり方)を自ら理解している、という点についてを気付いているはずであるからであります。

    質問者: それでは、自己の治癒の為にヒーリングを求める者とは、このヒーリングを発生させる為には、その心/体/精神-複合体内においては、ヒールを受ける事へと向けて”強力な意欲”を自ら有していなければならない、という事なのでしょうか? 正しいでしょうか?

    ラー: ラーです。 仰られる御推測とは、正しいものでありますが…、しかしながら、このヒーリングへの意欲を有しているべき対象とは、その存在内の”どの意識レベル”がこの意欲を有する事となるのかという違いに従って、その事情がそれぞれ異なったものとなって参ります。
    つまりは、或る存在においては、意識的にはヒーリングを求めていないにもかかわず、その意識下がヒーリングを求めており、このヒーリングの結果として発生する所の新たな一式の振動歪曲状態ら、これを経験する必要性に気付いている場合が存在するからであります。
    またこれと似た反対の例として、或る存在に関しては、その意識上においては、ヒーリングを受ける事が非常に望まれているにもかかわらず、その存在性内の或る意識レベル上においては、その(病んだ)状況に対して何らかの”意味・理由”が見出されている場合が存在しており、従って、当人からは非常に歪曲を来たしているとして観察される所の特定の構成配置具合らが、その(意識下の)レベルにおいては、適切なものとして捉えられている場合が存在するからであります。

    質問者: 私の推測では、その様な(病んだ状況からなる)歪曲状態らが、その存在の或る意識レベルからは適切なものであると見なされる事の理由とは、この(病からなる)振動歪曲状態らが助けとなって、その存在が究極的な目的へと辿り着く事が助勢される事となるからであり…、その目的とは、それが望み・選択した所の分極化状態の中、進化の道に沿いつつ更に先へと進んで行く事であり…、その中で、この(病という)歪曲状態らが、この分極化状態への到達を助ける事となるからである、という事なのでしょうか。 正しいでしょうか?

    ラー: ラーです。 その通りであります。

    質問者: それでは、一存在が既に以下の点に気付いている場合…、彼の望んでいる所の分極化状態が他者らへの奉仕と関係するものである事に既に気付き、その状態の中、上記の様にして、自身が本来望んでいた所のこの理解へと到達する為に、(病いの状況からなる)歪曲状態らを有する事を事前に選択していた事が理由となって、既にこの(極化状態に関する)理解に達しているにもかかわらず、(この病からなる歪曲状態が今だ物理顕現している)場合には、彼とは、この(病からなる)歪曲状態らが足枷となって完全な奉仕者となる事が出来ない訳ですから、そこに矛盾した立場の一つを経験する事となって参ります。
    この時点において、この(事前に触媒が設定されているという)メカニズムに気付いた所のこの存在とは、恐らくは、瞑想行為を通じて、その物理的身体に対して発生している所の歪曲状態、これを軽減する為に必要とされる所の(新たな)心の構成配置具合を理解・獲得する事となり…、その事によって、この存在とは、この具体的な関係性事情内においては、他者らに対して更に大きな奉仕を行う事が可能となって参る様に見受けられます。 私のこの考えとは、正しいものでしょうか?

    ラー: ラーです。 貴方の御推測は正しいものでありますが、我々から恐らくは御指摘させて頂ける内容としては、そこに歪曲を来たした物理的身体複合体からなるパターン(病い)の一つがプログラムされている場合、その多くとは、(一つの理由からではなく)”複数の込み入った理由・事情ら”によってこれが存在する事となっているという事であります。 しかしながら、それが如何なる理由によって発生しているのであれ、”瞑想行為”とは、常に、これが自己を知る為の助けの一つとなるものであります。

    質問者: この瞑想作業の際には、”背骨を垂直な状態の中に配置させる事”とは、有用な振る舞いであり、もしくはその助けとなるものなのでしょうか?

    ラー: ラーです。 そうされる事とは、”幾分かの”助けとなるものであります。

    セッション73 質問11

    Q11質問者: この(魔術的側面存在・ハイヤーセルフを召喚するという)過程においては、此れが望ましい形の中で行われる為には、その召喚者の有する”意欲と意思”(desire and will)が、最も重要な因子であり、その為の鍵となって参る、という理解で正しいでしょうか?

    ラー: ラーです。 我々は、その御推測に対して更に一つの特質を加えさせて頂きたいと思います。
    魔術的側面存在(の召喚/喚起)においては、(その召喚者の有する)意欲、意思が重要であると同時に、更には、その”分極化状態”(polarity)もが重要な鍵となって参ります。

    Q12質問者: それでは、私の推測では、現在、我々の社会内に存在する所のキリスト教のいわゆる”福音伝道者達”(evangelists)、その多くもまた、彼らの活動においては、非常に大きな意欲と意思を有しており…、更には、恐らくは強力な分極化状態をも有していると考えますが…、しかしながら、彼らの間で上の例の様な魔術的出来事が発生しない事の理由とは、彼らの活動とは、上の様な魔術的意味合いに於ける召喚作業と比較された場合、その有効度合いにおいて、上と何ら変わらない様な結果を生み出す為の要素としては、それら活動とは、時に、そこに或る”気付き”を欠いており、もしくは、その為の或る”情報”を欠いているからである様に見受けられます。 この分析とは正しいものでしょうか?

    ラー: ラーです。 貴方の御推測とは、部分的にのみ正しいものであります。
    つまりは、そこにおいて他者らへの奉仕作業が行われている際に、その行為が正しく行われているか、その方向性・分極化状態の展開のされ方具合に対して吟味が行われる場合には、そこにおいては、”その(被奉仕者の)自由意志が保護されているかどうか”、この点こそが、その最も重要な観察対象とされねばならない、という事であります。
    その様な中、貴方がお話された所のそれら福音伝道者達とは、(人々の)意識に対してはポジティブ側へと向う改変作用を引起そうと試みながらも、一方で更には、(~してはならない、~なさいといった態度によって、人々の)自由意志を”奪う”事を試みております。
    この様な状態とは、そこに魔術的性格性からなる状況を発生させる為のものとしては、それを妨げてしまう所の”障壁”の一つを生じさせてしまう事へとつながり…、その活動を受ける所の一存在が、その自由意志を以って、この貴方の呼ばれた所の”伝導者”による活動を進んで受け入れる、という態度を有している場合らを除いては、そこに障壁の一つを生じさせてしまう事となって参る、という事であります。

    Q13質問者: この型の(人々の自由意志を侵害する事の無い中で、魔術的作業を行うという)対話方法に関しましては…、”ナザレのイエス”として知られた存在とは、そこに、どの様な姿勢・方向性を有していたのでしょうか?

    ラー: ラーです。 貴方は、恐らくは、この人物に関する活動らについて書かれたものの幾つかについてを、既に読まれた事があると推測致します。 (そこにも記されていた様に)、この人物とは、彼の話を聞こうと集まった所の心/体/精神-複合体らに対しては、自らを”教師”として提供する事となり…、更にその後半生においては、その話を聞く事を望まない者達に対しても、(彼らの意思を尊重しつつも)彼らの内に其の話が留まる為の余地を残しておく為に、一つの”覆い”(veil:例え話)を用い、この覆いの一つを通した中でその話を行う事となりました。
    その様な中、この存在とは、ヒーリングを行う事を要請された場合には、その患者に対しては、常にそうしていた様に、その作業の終了時には以下の二つの”戒めら”を与えておりました。
    つまりは、その戒めらとは、第一に、ヒーリングを受けた様に見受けられる所の存在とは、実際の所は、自身の信念・信仰(faith)によって自らこのヒーリングを発生させたのであり…、つまりは、この患者とは、(健康状態へと向かっての)改変作用の発生を許容し、それを受容する為の能力を予め自ら有していたのであり、彼が実際にそれを用いた事によって、その紫色光線を通じて知的エネルギーへとつながる通路・ゲートウェイへの接触が行われ、その事によって、このヒーリングが発生したのである、という事であります。
    第二に、このイエスとは、常に、”この事を誰にも話さず、自分の内だけに留めておく様に”と忠告致しておりました。
    というのも、これらヒーリング作業とは、”人々の自由意志が最大限に引き出される事”によって発生する性質の行為の一つであるからであり…、よって、この作業の有するポジティブな純粋状態、これが可能な限り維持され、これに可能な限り近付き、それが忠実に再現される事が試みられる間に、(この被術者だけでなく、この様な出来事を認めない者達の)自由意志の質もが最大限に保護・維持される事が試みられていたからであります。

    Q14質問者: 仰られる様に、私から見受けられる点と致しましては、この様な(魔術的)作業が、その外側から目撃された場合には、この一見”魔術的”と見受けられる所の出来事とは、その外側からは、この作業を行う一熟達者の側の働きのみによって発生しているのである、と受け取られる事となり…、従って、(この被術者を含め、此れを目撃する他者の)自由意志の働きを、部分的にではあれ、奪ってしまう様な働きを及ぼす事となると思われます。
    この様な(魔術的作業を目撃する者達の自由意志に対して侵害が発生してしまうという)問題とは、(ヒーリング行為以外でも)、他の通常では考えられない様な如何なる出来事が行われる際には、そこに拡張して当てはめる事が可能な問題であり、(その発生が予想される)問題であると考えます。
    それでは、このヒーリングを行おうとする際に、その如何なる者もが即座に体験する事となる所の上の様な(他者の自由意志に対する侵害の)問題…、この”矛盾”について、貴方からお話を行って頂く事は可能でしょうか?

    ラー: ラーです。 我々は、それが”慎ましい”、というあり方を以ってでしかありませんが、全一の法の伝達者らであります。
    その様な我々にとって、”矛盾ら”というものは存在致しておりません。
    その様な中、貴方の御質問に対して具体的にお答えを致すならば…、一見、魔術的と見られ、従って、それを目撃する者の自由意志に対して侵害を行っているかの様に見受けられる所の状況に関しましては、実際の所は、そこで引き起こされる所の侵害行為とは、この作業の側のみが理由となって引起される事となるものではなく…、というのも、この行為が目撃される際にそこで発生する所の知覚情報からなる歪曲状態らとは、その目撃者の数と同様に此れが非常に多岐にわたって存在する事となり、更には、それぞれの目撃者とは、その場においては、自身が目撃したいと望む所の内容のみを目撃しているだけであるからであり…、(従って、或る者にとってはこの状況が権利侵害を生み出す原因となると同時に、或る者にとってはそうはならないからであります)。
    この様な経緯の中、そこで魔術的作業が行われる際に、実際に、自由意志に対する侵害が発生する事となる所の唯一の状況とは、この魔術的作業を行っている所の存在が、そこに発生している出来事の出所を自身に帰し、自身の技術らによってこの魔術的状況が発生しているのである、との表明を行った場合だけであります。
    つまりは、以下の様に述べる所の者達…、如何なる魔術的作業も、その術者によって発生したものではなく、術者を”経由する”のみの形の中で、(被術者自身によって)発生されたものである、と述べる者達こそが、自由意志の侵害を行わない所の者達であります。

  2. ここでは匿名

    ちょうどペルーラム先生のお話なので、こちらにもコメントいたしました。個人名で2回問い合わせをお送りしたので、お手すきの時によろしくお願いします。アドレスは2つのどちらでも届きます。

    • えーと、もしかしたらブログの「お問い合わせ」だと、管理人のオカベさん(この記事に出ている)の所に行ってしまい、今、彼忙しそうなんで、見てないかもで、申し訳ありません。

      次の、「ここでは匿名」さんのコメントは非公開にしますので、ここで問い合わせてくれても大丈夫ですよ。

  3. <その後、このエネルギーの取入れを行う手がどちらの側のものであれ、>

    ペルー先生から、自分は左手だと言われまちた。。で、左手に腕時計とか、ブレスレットとか付けるとなくしちゃうんです!

    <ヒーラーがヒールを行うのではありません。
    結晶構造化したヒーラーが、そこに覚醒無限が流れ込む為のチャネル・経路の一つとしての働きを行う中で、ヒールを受ける者に対しては、そこに機会の一つが提供される事となり…、その中で、患者とは、自身に対して自らヒールを行う事が可能となって参る、という事であります。>

    ココはポイントですネ。

    <如何なる魔術的作業も、その術者によって発生したものではなく、術者を”経由する”のみの形の中で、(被術者自身によって)発生されたものである、と述べる者達こそが、自由意志の侵害を行わない所の者達であります。>

    コレクト!「ラー情報」は全体に、ペルー先生の治療を見ていて感じたことと(言語化が難しいんですが)一致してます・・長文コピペ、ありがとうございました♡

    • たぶんペル先生の場合、目出度くヒーリングが発生して調子悪いのが改善されて「いや~スゴイですぅ、先生にはなんて感謝してよいか。。。」とか言われたときは、「いや私に感謝はいいのです。それより貴方の上のほうの人(そのひとのお好みや信仰とかによって色々)に感謝なさってください」みたいな、ハイヤーセルフサービス路線のコトを言ったりしたんでしょうネ。

      まあ一般常識もあるので合わせたりはするんでしょうけど、オリオン関係につけ込まれない様に色んな工夫(オポノポノ?)をしたりして、まあ、指導者・リーダーってホントに大変なんですネ。

      • <たぶんペル先生の場合>

        「依存させるのが一番罪になる・・」というようなことを言っていたと、お亡くなりになった後、奥様から聞きましたけど、ホント、謙虚でしたよ。

        <オリオン関係につけ込まれない様に色んな工夫>

        それは今思うと、かなりあったような気がします。。とにかく目立たないようにしてましたネ。

コメントはこちら

*
*
* (公開されません)

Return Top