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アカシックに記された「トライアードとダイアード」の仕組みと「魂と理性の一致」

アカシックに記された「トライアードとダイアード」の仕組みと「魂と理性の一致」

人間とは「魂と肉体」から成る存在だとされますが、

幼少の頃からアカシックレコードに入ることが出来たゲリー・ボーネルさんによると、

肉体には、肉体独自の意識=ダイアードがあり、

日本人の「ご先祖様を大切にする」という風習は、

ダイアードの持つ力を無意識的に「理解している」と、

そのスピリチュアル性を高く評価しています。

<始まりの瞬間の二つの基本的な要素>

創造の内に存在するすべては、そのオリジナルの形体を改変することはできません。

すべてが「始まりの瞬間ー創造主」の多次元的投影だからです。

すべてがー最もささいな小さなかけらでさえーその内には永遠のすべて、創造のすべてに関する完全なる方程式が備わっています。

知性で捉えることのできない無限の可能性が、「始まりの瞬間ー創造主」の最初のビジョンに含まれているのです。

想像しうる限りのすべての組み合わせが存在しているのですが、創造の基本的な本質は二元的です。

物理的、非物理的創造には、二つの明確な形体が存在します。

①非物理的形体:トライアード(三位一体)

基本的第一次存在。私たちはこの形体を「魂」と呼びます。

魂は純粋な意識、純粋なエネルギー、純粋な衝動として表現しています。

ミクロの視点、つまり人間の視点から魂はしばしば単に「意識」と言われています。

②物理的形体:ダイアード(二次元的存在)

基本的進化存在。地球環境では私たちの複雑な多機能を持つ肉体は、基本的にはエネルギーをベースにした物質として捉えられています。

トライアードと呼ばれるすべての第一次存在(魂)は、創造された最初の瞬間から全体であり、完成された存在です。より高次の存在へは進化しません。

「魂の進化」みたいな言い方をよくしますが、

個々の魂は、それぞれ独自で完璧な存在であり、
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進化が必要なのは、ダイアードの方です。

進化する存在であるすべてのダイアードは、始まりの瞬間(創造主)の最初のビジョンの可能性を達成するべく他のダイアードと結合します。

ダイアードが組み合わされたものが細胞になると、感覚のない意識がダイアード性物質として形成され、始まりの瞬間の虚空の中に進化しつつ入っていきます。

ダイアード生物である細胞が質量を持つようになると、「拡大した意識」を持つようになります。

最近ではダーウィンの進化論を否定する風潮が見られますが、
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進化論もダイアードに関しは、そんなにハズしてないようで、

初期の頃のダイアードは同じ物質を再生しようとしますが、

極微の「単体」生物から、複雑になるに従って、
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より長い寿命を持つものに進化しようとする「欲求」が生まれ、

どんどん「拡大した意識」になっていきます。

組み合わさって新しい物質を形成したあとは、その物質の寿命が尽きたあとも継続して存在し、

ダイアードはその最終形体に近づき、より偉大な「感覚を持たない意識形体」になっていきます。

最終形体はどのような形にもなりえます。生命体あるいは非生命体いずれにもなりうるのです。すべての物質は意識を持っています。そして地球上で最も進化した最終形体は霊長類です。

「ラー文書」によると、7万5千年前に火星から地球に移住した「意識」が使ったボディは、

やっぱり「お猿さん」で、
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そのことが第三密度への移行・・つまり自我を持った「人間」誕生につながったとされてますが、

ゲリー・ボーネルさんは、進化のジャンプは「記憶」で起こると言います。

進化のジャンプは、その細胞の全体調和が「保持記憶」を通してシフトしたときに起こります。また細胞をとりまく極微世界の環境も影響します。このごくわずか保持されている拡大した意識が全体の調和をもたらし、新しい領域を引き寄せる力になります。

ラー文書もゲリー・ボーネルさんも、そして足立育郎氏もアルクトゥルス情報も、

共通しているのは、地球人類は元々地球にいたタイプと地球外から来たタイプがいる・・ということですが、

どちらにしても、「物理的形体:ダイアード」が必要なわけで、

ダイアードは「引力の法則」に従って進化します。

<唯一無二の宇宙の法則>

トライアード(魂)は意識的に進んで他の魂と融合し、その視点を分かち合おうとします。一方ダイアードは唯一存在する宇宙の法則にしたがって他のダイアードと結合します。

唯一の法則ー引力の法則です。この法則はすべての進化する存在にまったく同じ影響を与えますが、魂には影響与えません。ただ魂がダイアードに宿っているときにはわずかながら影響を受けます。

第一次存在である魂には似通った存在はありません。始まりの瞬間から、私たちは意識、エネルギー、衝動が多次元的な三位一体を形成した存在です。多次元を獲得するのに他の第一次存在と結合する必要はないのです。最初の瞬間から私たちには多次元意識が備わっていました。

しかし進化するダイアードは、無意識的に多次元性を獲得する手段として、宇宙の引力の支配を受けます。私たちトライアードは意図してダイアードや他のトライアードと結合し、多重構造の「創造」を観察する能力を強化拡大しようとします。

ダイアードが多機能、多次元的意識を獲得するにつれ、徐々に拡大した継続意識を包みこむために恒久的なエーテル体が形成されます。

この新しいエーテル構造が作り出されるために条件や環境については、アカシックレコードにははっきりと示されていません。

生き残ろうとするダイアードの意識は形体(肉体)が失われたあともその外側で存続していくためにエーテルの外被を作りだします。そのとき新しい意識がーダイアード的知覚が生まれるのです。

この存続していく意識は今までのすべての形体の記憶を保持し、今去ったばかりの形体に似通った物質を次の住処として積極的に探します。進化のこのポイントまで来ると、ダイアードは意識とエネルギーからなる存在となっています。

一方、トライアード=魂は、引力から自由であり、

「ダイアードに宿り、観察する」ことが使命です。

<意識、エネルギーそして聖なる衝動>

トライアードである魂は、始まりの瞬間に創造された、自然の状態において単体で独立して存在できる数少ない存在の一つです。そして引力の法則の影響をまったく受けません。

「始まりの瞬間ー創造主」のイメージに創造された魂は、「意識、エネルギー衝動」が一体化した存在として、永遠に静止安定した状態を保ちます。

ただ魂は自らすすんで他の魂と一緒になり、結合存在や複合存在を形成するのです。結合存在は二つの魂が結合したもので一つの存在として行動します。複合存在は三つかそれ以上の魂が結合して一つの魂として活動するのです。

魂が結合すると、それぞれは単体としての自己を手放し、組み合わされた状態に意識をフォーカスします。他と結合し、拡大した意識の中で、自らのユニークさをその一部に吹き込むのです。

これは重要なことですが、それぞれの魂はオリジナルの存在意義と独自性を保っていますし、自由にその結合状態を解消することもできます。例外はありません。

魂は結合状態を解消するとき、自分が体験したすべての記憶を持ち帰りますが、同時にそのときのパートナー独自の体験も持ち帰ることができるのです。こういった意味で、私たちは同時に意識の枠組みを広げ、より深くそして多くの現実を観察できるわけです。

これが私たちの使命だと言い換えることもできます。いわゆるダイアードは始まりの瞬間のビジョンを表現するための形体を探しています。トライアードはビジョンが物質化、現実化したものを観察します。トライアードはダイアードに宿り、彼ら(ダイアード)の努力の結果を見るわけです。

木が、自分が木であることを完全に知ることができるのは、私たちがその物質を木だと「観察する」からです。私たちが独自の視点となり、木はその視点を通して自らを「観察」するのです。

このタイプの叡智は特に哺乳類において顕著に見られます。なぜなら私たちは同じ哺乳類として直観的なリンクを共有し、すぐに私たちの視点を通して彼らの観察が正当化されるからです。

さて、アカシックレコードに記されているという、

このトライアード(魂)とダイアード(肉体意識)の仕組みを理解すると、

ジェンダーにも関わっている、

ロシアの元量子物理学者が推奨する「引き寄せの法則」、トランサーフィンの真髄、

「魂と理性の一致」の大切さがよく理解できます。

歓喜、活気、インスピレーションなどがあなたを包み込む状態は、魂の感覚である。重苦しいやりきれない状態も、やはり魂の感覚である。

理性は振り子に完全に支配されている。それは、理性が、振り子から押しつけられたイメージや思い込みに支配されているということでもある。・・

理性は意志を持っているが、外的意図をコントロールすることはできない。魂は、糸の切れた凧のように、バリアントの空間を飛び回る。

外的意図を意志に従わせるためには、魂と意志を一致させることで十分なのだ。

外的意図というのは、「〜なりたい」といった願望ではなく、

願望は過剰ポテンシャルになりますが、

外的意図は、「何となくイメージ通り・・」みたいな感じで、

ゲリー・ボーネルさんは、

「感覚のない意識がダイアード性物質として形成され・・」

と言ってましたが、

ヴァジム・ゼランド氏によると、感覚が魂で、思考は理性であり、

「魂と理性の一致」とは、

トライアードとダイアードの両方がGoサインを出すことになり、

芸術とは「魂と理性の一致」の賜物です。

世界を自分の概念を表すことに関して、人の魂は常に無力のままだ。

魂は人間の言葉を理解しない。魂が理解するのは、私たちが習慣的に感覚とみなしていることだけだ。・・

魂の言語はすべての人々が理解できる。それは愛と悦びで創られた言語である。

人が正しい扉を開けて最も大切な目的に向かうーより正確にいうとー人が真にやるべきことに携わっているとき、その人は傑作を創り出す。

まさにこのようにして、芸術と名づけられるものは誕生する。

フレディをはじめ、芸術家にバイセクシャルが多いのは、

「魂と理性の一致」にしたがって、振り子から「自由」になった結果なんでしょうネ!

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