7月7日の「七夕」を前に、
2017年は大規模な災害がありましたが、
2022年7月6日は朝5時過ぎに岩手県、宮城県で震度4の地震があり、
ここ1週間で「震度3以上」の地震が3回観測されたとのことですが、
清里では、7月6日夜「停電」があり、一瞬「脅かし?」と思いましたが、
スグに復活しましたので、雷の影響だったカモ? で、なんでもインボーにしちゃいけませんネ(笑)。
7月7日の清里高原は朝から晴天で、
朝散歩に出たピノちゃん、
まずは爪を研いで、
濡れるの覚悟で草原に繰り出しましたら、
八ヶ岳側も、
富士山側も
文句なしの晴天ですが、手足がびしょ濡れのピノちゃんで〜す。
で、肩にかついで帰路についたら、カメラのレンズが曇っていたので、
ピノちゃんを降ろして、レンズをふいて、この青い花を撮っていたら、
ピノちゃん、スタスタ歩いてどんどん先に言ってしまい、
逃げる気はサラサラない・・ので、すぐに追いつくかと思いきや、姿が消えちゃいました。
左手の擁壁の上は我が家なので、戻ったのかな〜 と、
「ピノちゃ〜〜ん〜〜!!」と10分位、庭周りを探しまくりましたが、
下の道で「ギャア〜〜」という猫の叫び声がしまして、
慌てて降りて行ったら、ピノちゃんにちょっかい出しに来ていた、あのオスっ子と戦ってました!
コラッ!!とオスっ子追い払い、ゲットしたピノちゃん、毛がパサパサになっていて、
今までにない、超・興奮状態です。
家に戻ってもしばらく警戒してましたが、怪我がなくてヨカったです(反省)。
オスっ子のおかげでピノちゃんを見つけられたようなもので、ちょっと感謝ですが、ピノちゃんは男嫌い?
さて、今日の昼過ぎにはY姉さんがお初に清里に来る予定で、
そして明日は、ペルーラムさんの遠隔セッションも交えて、お初の「清里レジリオンス」です。
明日、おいでになる方は都内近郊にお住まいで、Y姉さんの出張マッサージもご希望とのことで、
Y姉さんと清里で初「顔合わせ」って、なんか素敵なタイミングですネ!
ちょっと「話」をするだけで「わかっちゃう」、すご腕のセラピストのY姉さんのおかげで、
昨日の「ドラム式洗濯乾燥機」件でも、スグに明るい気持ちになれましたが、
処方したバッチフラワーにスターオブベツレヘム(トラウマ)を選んだのは、
3年前、清里宅に「ドラム式洗濯乾燥機」が入った時にも「ギャフン」なトラブルがありまして、
この過去記事に書いてますが、
最初に頼んだ水道屋さんの対応がNG(見積もり通りでない)だと、旦那さん、途中で水道屋さんを変えたのですが、その際のやりとりを見ていた私は、お互いの強い口調にビビってました。
で、数日前、旦那さんが石積みをしていたら、
(喧嘩別れした感じの)最初の水道屋さんが「ウチの前を(車で)通ったよ」とのことで、
なんかイヤな記憶が蘇った・・トタンに乾燥機がダウンしまして、「こういうのって関係ありますかね〜」とY姉さんに聞いたら、
「あなたがそう思うなら、そうなるわよ・・」とコレクトなアンサーを頂きました。
当然ながら、旦那さんはそんなことまったく気にしてなく、第一、その時のことを「喧嘩」とか「トラブル」とか思ってません。
ビジネス上の交渉として「言うべきことは言った」だけなんでしょうが、女性は感情で捉えがちなので、
「私も違った形だけど、そういうのってあったわよ〜」とY姉さんの体験談を聞き、とても癒されました。
さて、「蓋然性=確率的偶然性」の説明が気に入った、
最近「お気に入り」のセス・シリーズでは、
「意識レベルが上がる」ことを「昇格する=気づく」と言ってますが、
「昇格する」には、物理次元のアレコレで気づくしかなく、だから「病気」や「トラブル」は気づきのチャンスだったりするのですが、
そういった体験が消化出来ず、トラウマになり、それらを怖れて「おそるおそる生きる」と、
「不要で否定的な確率的偶然性(=蓋然性)のネットワークを張り巡らすことになる」
と、ズバリ言ってます。
災難に遭うとか、病気になる可能性ばかりを考えておそるおそる生きることも、同様にあまり感心したものではありません。というのも、そうすることは不要で否定的な確率的偶然性(=蓋然性)のネットワークを張り巡らすことになるからです。確率的偶然性があなたと別個に在るものではないのと同じに、時間もあなたと別個に存在するのではないため、あなたがたは理論上、自分の知る過去を変えることができるのです。
「過去」には、無数の存在の仕方があります。あなたがたは、そのうちひとつの確率的偶然の過去を経験されてきたにすぎません。その過去を、自分の頭のなかで変化させることで、今ここにある自分の現在の性質のみならず、自分自身および周囲への影響力までも変容させることができるのです。
非常に嫌な思いを残した特定の出来事が、あなたの過去にあったと仮定しましょう。その出来事をただ頭から払拭するのではなく、それをもっと別のもっとためになる性質の出来事に、頭のなかで置き換えてみます。さて、それを行うときは、とにかく映像を鮮明に思い描くことと、感情的根拠を明確にしていること、さらにそれを何度も行うことが大切です。これは自己を欺くこととは違います。あなたがたが新たに選択した出来事は、自動的に確率的偶然の出来事となります。それは既知の確率的偶然の過去のなかでは、あなたが知覚的に体験することを選択しなかった出来事ですが、実際に起きている出来事なのです。
もし以上のプロセスが正しく踏まれれば、あなたの新しい選択の発想は、テレパシーを通してその出来事に関わっていた他の人々にも影響を与えることになります。しかし、当然彼らにも、あなた流に変更された出来事を受け入れるか否かの選択権が与えられています。・・
忘れていただきたくないのは、物理的に知覚されていない出来事であっても、その多くが物理的出来事と同様に、極めて論理的な存在根拠を有しており、あなたがた自身の不可視の心的環境においては物理的出来事のようにリアルに存在しているということです。
さらに、あなたがたの言葉によれば「無限」の確率的偶然の未来の出来事というものが存在します。そして現在のあなたがたは、その土台を設定されているところです。あなたから生まれる思考や感情の本質と、あなたが習慣的あるいは独創的に受け取る思考や感情の本質は、一定の傾向を示しています。あなたがたは自分自身の物理的体験となる出来事を、そうした確率的偶然の未来のなかから選ぶことになるのです。
よーするに、
「ネガティヴな体験をネガティヴに捉えているから、マイナス感情になる」
次第で、
Y姉さんいわく、こういった本をいくら読んでも、体験しないとわからない・・とのことで、
先の「ビジネス上の言い争い」のように、勝手にネガティヴに捉えちゃった体験を一度浮上されて、
「感情的根拠を明確にした」上で、それらを笑い飛ばすことが出来ればトラウマは消えます。
そして、誰しも、自分のことは自分ではなかなか「見えにくい」ものですので、他者のウィロー話を、Y姉さんのように「明るく」聞いてあげることは、
「昇格する」にも役立つと思いますよ〜
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