酵素カフェ

テレパシーの実在性と宮沢賢治に学ぶ「地球に降りてきた理由」

朝日もイイですが、宵の明星=金星が輝く直前に、

夕空が一瞬赤くなり、紫に染まっていくのも素敵で、

冬は家中から南アルプスが拝めるのがウレシいです。

今日1月12日の清里高原は暖かく、このチャンスに・・と、旦那さんは単独で八王子宅に出かけました。

薪ストーブの扱いがイマイチな私とピノちゃんだけでお留守番・・は、暖かい日を狙った次第で、単独で薪をくべる訓練です(笑)。

で、妙に暖かいので、旦那さんを見送った後、ピノちゃんに「散歩行く?」と誘ったら、

「行く!行く!」と元気よく出て来て、

2023年度、お初に草原までお散歩。

富士山を背に、

時折りダッシュしながら、八ヶ岳の方に進むピノちゃん、

外気温10度、清里的にはポカポカ日和です!

しかしながら長居は無用と、早めに冬の散歩を切り上げましたが、

しばらく出なかったピノちゃん、ちゃんと帰り道を覚えてます。

で、さっさと家に入り、薪ストーブの前で暖まってましたが、

2014年11月22日生まれ、蠍座のピノちゃんは8歳で、人間なら48歳ですので、
いろいろなことが分かってくる・・イイお年頃です。

犬猫4匹飼ってみて、子犬や子猫の頃より年を経るほど「テレパシーが通じて面白いな〜」と感じますが、私たちは常に「見えない」世界とテレパシーで感応しあってます。

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<宮澤賢治とでくのぼうの生き方>

話・桑原啓善  でくのぼう出版

 心は「波長の法」に従う

 さてさて、よろしいですか。私たちが欲望を持ったり、ひがんだり、怒ったりいたしますと、それは波動になって出ていく。電波になって外へ出ていくんです。悪い心を持ちますと粗い波動なんです。愛情とか犠牲的な精神とか親切心とか持ちますと、本体や霊体からの細かい良い波長になるんです。それから、悪い欲望とか悪い心を持ちますと、幽体から粗い波長が出ちゃうんです。もう我々はしょっちゅう四方八方にそういうふうに波動を出しているんです。こういうことが分かったんですね。
 そうすると、テレビでもラジオでも何でも通信機はそうですけども、電波っていうものは波長が合いますと声を出したり、テレビなら姿が出てくるでしょう。ダイヤルを合わせますと、ラジオは声が出てきます。テレビのチャンネルを合わせますと姿まで出てきますね。我々のこの心の波長もそうなんですよ。私たちの出している波長と同じ波長のものと交流しあうんです。我々が憎む心を出しますと、やはり憎んでいるような悪い心の波長と電波が合って同調しちゃうんです。通じてしまうんです。

 人間の心は霊と通じ合う

 それは具体的に言うとどういうことかと申しますと、人間は死んでも霊として生きているとさっき申しましたけど、死んだ人はみんな霊としてあの世で生きているんです。そういう人の中には良い人もいれば悪い人もおります。それで、例えば我々が怒ったり憎んだり悲しんだりして悪い波長を出しますと、同じような悪い心を持った霊と波長が合っちゃうんです。そうするとその霊が私たちに感応してくるんです。
 私がある人を憎むとします。「あいつ悪いやつだなあ。私にこんな悪い事した。憎らしいなあ」と思いますと、悪い波長、憎しみの波長が出ていきますでしょう。そうするとあの世におりますやっぱりそういう低級な心を持った霊に通じてしまって、私に感応してくるんです。

 人は「霊からのささやき」を「自分の心」と思う

 感応してくるとはどういうことかというと、私に通じまして「そうだ、もっと憎め憎め。もっとあいつに仕返しをしてやれ」というささやきをするんです。「ささやきをするなんて、私はそんなもの聞いたことない」って言いますけど、人間というのは面白いものでしてね。自分でものを考えますでしょう。それから感情を持ちますでしょう。「嬉しいな」「悲しいな」「今日は良い気分だな」とか「今日は憂鬱な気分だな」「今日はあそこにちょっと行ってみようかしら」とか、「あの人嫌な人だ」「あれが欲しいな」とか思いますでしょう。全部それは自分の心、自分自身が持った感情だと思っているでしょう。とんでもないんです。電波を出しておりますから、その電波に合った、波長に合った霊からの通信が来ておりまして、あたかも自分の気持ち、考えのように思ってしまうんです。
 例えば今日皆さんはおいでになったでしょう。何か話を聞きに行こうかなと思われたでしょう。それは確かに自分の決断でおいでになったんですよ。ですけどその時にね、「行ってみようかな」と思った時に電波を出しておりますから、皆さんの後ろにいる霊がですね、「行ってごらんよ。さあ準備をして行きなさい。どうしても今日行きなさい」と言うと、「どうしても今日行ってみよう」っていう気持ちになっちゃうんですね。こういうふうにですね、我々の考え、我々の気持ちは全部自分の心だと思っていますけども、霊からの影響を受けまして、それが強化・増幅されているんです。
 反対に、行こうかと思ったら、行きたくなくなったりもさせます。それは行くことを妨害しようとする霊からのテレパシーです。本人はそれを自分の心のように思い、「じゃ今日は止めとこう」と思って行くのを止めます。このように霊には人の心を変えさせる働きもあるんです。このことを今の科学は知らない。多少テレパシーとか何とかということで分かってきた。
 テレパシーの実在は今科学的に証明されているんですよ。超心理学といわれるもので、科学的にテレパシーはもう証明されているんです。心と心は通じるということが。
 ところが、人間のいろいろなものの考え方、心の持ち方は、霊からの影響が日常たくさんあるんだということがまだ分かっていないんです。

https://nawa-fumihito.com/browse365170111.html

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ちなみにY姉さんいわく、「霊も宇宙人も同じじゃない・・」とのことで、

確かに・・見えない存在という意味では全く「同じ」で、(人間の)霊の方が無害というか・・力は弱いようです。

それはともかく、宮沢賢治って「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」って言っていたんですね〜

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本書は1987年の3回にわたる連続講話の記録であり、テーマは「人間が幸福に生きるために必要な霊的常識」。
まず、宮沢賢治の童話『銀河鉄道の夜』が、死後の世界の情景を書いたものであること、そこに出てくる鳥捕りの意味や、この鉄道が階層世界を昇っていく過程であることが述べられて聴衆をグッと引き込みます。そして、賢治の言葉「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」へと進みます。
宇宙の因果応報の法則、魂の磨き方、自己犠牲の献身、近代心霊研究にもとづく霊の世界の法則が分かりやすく説明されています。そして、自分がなぜこの世の環境に生まれたか、今生で何をすべきかが説かれています。
テープおこしの話し言葉のままなので、話の筋道が大変理解し易く著者が目の前で話しかけて下さるように感じました。
宮沢賢治に関心のある方、霊の世界を意識した生き方に関心のある方におすすめします。

Amazonレビューより

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銀河鉄道の夜を「コニカミノルタ サイエンスドーム」で鑑賞した際、「蝎(サソリ)の火」の話が印象的でしたが、

メルクの「モルヌピラビル」と銀河鉄道の夜の「蝎の火」

改心してお祈りをしたサソリより、実際に実践した3人連れの方が上に行けました。

●サソリの火の教訓
 
さて、列車は高原を通ったりして低い所からだんだん高い所へと入って行きます。するといろんな人が乗って来ます。たとえば、家庭教師の青年と少女と小さい弟の3人ですね。この3人は、旅行中に船が難破して溺れて死んだ人達なんです。どうやって死んだかと言いますと、救命ボートに乗り込もうとしたけれど、もっと小さい子供達がいたので、その子たちを押しのけては乗れなかったんです。家庭教師はせめて2人の子供だけでも乗せたいと思ったけど、もっと小さい子供がいたので、どうしても乗せることができず、とうとう溺れて死んでしまったという3人ですね。その3人が乗り込んでくるんですよ。

列車はどんどんどんどん上へ向かって走ってゆく。そうして行きますと、天の一角に赤々と燃える火が見えてくるんです。列車の窓から見て「あれは何だろう。あっ、あれサソリの火だ。真赤に燃えている」と子供たちが叫ぶんです。

これは何かと申しますと、イタチに食われそうになったサソリが、命からがら逃げて井戸に飛び降りたんですけども、結局溺れて死んでしまうんです。その時、サソリが思うんですね。「ああ私は悪いことをした。今までたくさんの虫を取って追いかけて食べていたけども、私は同じようなことをして虫達を苦しめていたんだな。悪いことをしたな」とつくづく思うんです。自分がイタチに食われそうになって、初めてそういう罪を悟るんですね。
  それで神様にお祈りするんです。「私はイタチに食われてやれば良かった。こうやってむなしく死ぬくらいなら、井戸に飛び込まずに食われてやれば良かった。どうか神様、この次に生まれたらみんなの幸せのために私の体を使って下さい」とお祈りをするんですよ。するとサソリの体は真赤に燃えて天の一角に輝くようになるのです。
  これはみんなのための自己犠牲の愛のお祈り、献身のお祈りです。ですから神様がサソリを赤く燃え立たせて下さり、天の一角で輝くようにしてくださったんです。これは、天国の入り口にあるんですよ。入り口にあるということは、世のため人のために役立つということは、つまり「奉仕」ということは、天国へ行く条件、天国の入り口にある大事な関所だということを賢治は書いたんです。

●自己犠牲を実践した3人づれ
 
汽車はどんどん進んで行きます。銀河鉄道を上っていきます。そして美しい河原へ行くんですね。そこにはいろんな素晴らしい音楽も響いてきます。向こうから、真白な着物を着て十字架を持った神々しい方が迎えに来ます。ここが「サウザンクロス・ステーション」、南十字駅なんです。
  ここで列車は止まりました。みんなが降りて行きます。さっきの青年と少女と弟の3人連れも降りてゆきます。ここは、天上の入り口です。天上へ行くための入口の駅だといわれています。ですからキリストのような人が十字架を持ったりしていて、ハレルヤハレルヤというコーラスの中で降りてゆくんですね。なぜあの3人づれは、サソリよりももっと上の南十字駅で降りることが出来たのでしょうか。
  それはこうなんです。サソリはたしかに、「この次生まれたらみんなの幸福の役に立つように体を使って下さい」とお祈りをしました。しかしまだ犠牲になって体をささげたわけではありません。お祈りだけでした。願いだけでした。しかしこの3人の青年達は、難船しても自分たちは助かりそうだったのに、小さい子供達にボートを譲って犠牲になって死んじゃったんですね。自己犠牲の献身と言いますか、愛を実践してるんです。お祈りだけじゃなくて実践をしているんです。お祈りをするだけよりも実践をすることがもっと高い美徳なんですね。ですから3人は南十字ステーションで降りて行くんです。

https://nawa-fumihito.com/ginga.html

う〜〜ん確かに、通常時はイイ人でいられても、イザという時にどういう行動を取るかで人間性って「わかる」もので、

いくら祈っていても、実際に薪をくべないとストーブは燃えません!

とわ言え「思い=祈り」の力は絶大で、宮座賢治だけでなく「思ったことがすぐ実現する世界」を知っている方々は多いかと思います。

「あの世というのは、思想の世界なんです。思ったことがすぐ実現する世界です。あそこへ行きたいと思うと、パッと行ってしまいます。賢治はそのことをはっきり述べています。「思想はエネルギーだ、また光だ」って言っております。これは現在の科学を超える破天荒の発言ですが、あの世の法則はそのとおりなんです。だから「パッと出現する」というのは、賢治はあの世の状況を見たんだなあと私は思いました」

だからこそ、今、この地球で、いろいろなこと体験しているわけで、

「お祈りをするだけよりも実践をすることがもっと楽しい」と感じる今日この頃です!

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