5月15日の清里高原は、風は冷たいながらも快晴で、
ベンガル・ピノちゃんと草原広場まで朝散歩したら、

草がちょっと湿っていたせいか、

今朝のピノちゃんは、日当たりのイイお立ち台の上が心地良いのか、

いつもは、スグに降りたがるのに、

尻尾をフリフリして、

しばらく、まったりしてました。

旦那さんの話では、昨日の清里では昼過ぎに大雨となり、雹も降ったそうですが、私が実家から戻った時には、もう止んでました。
八王子まで美容院に行ったついでに、昨年夏より実家近くの「サ高住」に入居した94歳MY父と会い、実家に一泊して戻った次第で、13日の夜は、新百合ヶ丘の「寿しおざわ」でディナーしましたが、こじんまりとしたイイ店で、父も「うまい!」と気に入ったようで、私が赤ちゃんの時に亡くなった祖父の臨終の際、看取った時の話をしてくれました。
7人兄弟の未子の父だけが東京に出ていて、危篤だからと鹿児島の実家に呼び寄せられ、今とは違って、病院ではなく自宅で伏せてましたが、しかし、息を引き取る瞬間に居合わせたのは父だけで・・腕を握っていると、だんだんと脈がなくなっていくのが「わかった」そうですが、
家族が沢山で囲んでご臨終・・といった、映画に出て来るようなシーンって、
(昔でも)なかなかあり得なかったのですね。
一月前、急逝した鹿児島の叔父(母の弟)葬儀に、父が「行く!」と言い出したのには驚きましたが、
若い頃のそんな体験が、父の「おみおくり=葬式」重要性に影響しているのかも? と思いました。
で、14日の朝、通常なら「空き家」の実家に、なぜか宅配が届きまして・・
一昨年亡くなった母が、長年、取り寄せていた鹿児島のお茶を、父が電話で頼んだら、住所は登録済みだと言われ・・しかし郵便物と違って「転送」されませんので、たまたま私が居る時だったので受け取ることが出来てラッキーでしたね。
そして、部屋の「片付け」をしていたら、父方の「いとこ会」名簿が出てきまして・・

赤ちゃんの私を抱っこしている「いとこ」=長男の次男さんが、30年ほど前に作成し、

血縁という「縁」を、つないでくれまして・・

正直、一度も会ったことのない「いとこ」が多いのですが、おかげさまで「いとこ会」22人の所在を知ることが出来ました。
この名簿、新婚当時のウチにも、一冊、送ってくれた覚えがあるけど・・改めて見てみたら、

90歳で逝った祖母の命日は11月22日、ピノちゃんの誕生日で、
そして父の兄弟はもともと12人だった・・ことに驚きました!

大正10年と13年に女児が2歳で亡くなっていて、最初に生まれた長女も、大正15年に18歳で亡くなっています。
父は昭和7年生まれなので、この3人のことは知らないでしょうが、昭和20年に26歳で亡くなった兄と、昭和24年に25歳で逝去した姉のことは覚えていることでしょう。
昭和20年には、一番上の兄の最初の男児=つまり私のいとこも3歳で亡くなってますが、昭和20年は「終戦の年」であり、「いとこ」の早逝はこの方だけですので、戦前・戦中世代にとっての医療の普及は、実に有り難いものだった・・ということが理解できました。
しかし「長生き」&「核家族」がフツーになった今、孤独死が問題視されるようになり、
そんなテーマを扱った、阿部サダヲ主演の『アイ・アム まきもと』は、なかなか見応えがありました。
『アイ・アムまきもと』
孤独死をした人々をお見送りする仕事をする公務員を阿部サダヲが演じる。彼の発達障害的な特性という設定が、妙に説得力を持つ
それにしても、これは観たのが家でよかった!と心の底から思えた号泣映画でした pic.twitter.com/oGOhAYdMhg
— 風花 (@lazulinerain) April 24, 2026
東北の市役所で、「おみおくり係」として働く、アスペっぽい「まきもと」さんは、
孤独死した故人に「縁」を感じ、自腹で葬儀を出す上に、一生懸命に参列者を探し回り、親族に嫌がられたりするのですが、めげません。
ある時、孤独死したお婆さんの部屋を調査していたら、「がんばった、がんばった」という声が聞こえて、ビックリするのですが、その正体は、お婆さんが飼っていた「鳥」でした。

その後スグ、「おみおくり係」の廃止が決まり、最期の「おみおくり」に奔走する「まきもと」さんは、実の娘さんや、故人を慕う人達の「縁」をつないで、ナイスなお葬式を出せることに満足し、ウキウキしていたら、ナント、交通事故に遭い、「まきもと」さん、突然、道端でご臨終・・という意外な展開。
亡くなる間際の「まきもと」さんが、「がんばった、がんばった」とつぶやくシーンが印象的で、「鳥」の「がんばった、がんばった」は、お婆さんの最期のお言葉だった・・と、合点しました。
そんな「まきもと」さんの遺骨のもとには、彼が「おみおくり」した方々が次々と(あの世から)手を合わせに出て来て・・大勢で祈っているシーンで終わりましたが、
これは、なかなかリアルなお話かもしれず、孤独死だろうが事故死だろうが、最期の瞬間に「アイ・アム(私は)、がんばった、がんばった」と想えれば、OKですネ!
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