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『ゴジラ-1.0』に見る象徴的シーンと無意識では「知ってる」日本人

「今に生きる」という意味では、

過去にこだわらない・・のはナイスなんですが、反省がナイ・・というか、忘れっぽい傾向が日本人にはあるようでして・・

無意識的な抑圧で「忘れている」場合、反復強迫で同じ間違いを繰り返しますので、意識化することが大切です。

抑圧された無意識が自己正当化のために戦争を繰り返す・・というのがフロイド流の解釈で、

フロイド派の岸田秀氏は、米国が戦争ばかりしているのは、インディアンを虐殺してきた「反復強迫」からで、

一方、我が国は、ペリー来航以来、「精神分裂(統合失調)」だと分析してます。

日本国民の精神分裂病的素質をつくったのは、1853年のペルー来航の事件である。

鎖国していた徳川時代は、個人で言えば、外的世界を知らないナルチシズムの時期に相当する。日本は、極東の島国という特異な地理的条件のため、他の諸民族、とくにヨーロッパの諸民族とくらべると、はるかに長いあいだこのナルチシズムの自閉的状態に安住しつづけることができた。

有史以来、一度として外国の侵略や支配を受けたことのない、言わば甘やかされた子どもであった。もちろん、古くは朝鮮、中国と交渉をもち、近くはポルトガル、オランダとわずかながら関係をもったが、それはあくまで日本側から言えば気ままな関係であった。つまり気に食わなければいつ絶交しても日本はたいして困らないのであった。これは、気に入った友だちとだけ遊んでいればすむ幼児期の人間関係であって、気に入らない嫌な奴とも何とか妥協点を見出してつき合ってゆかなかればならないおとなの人間関係ではない。

そのような甘やかされた気ままな生活に安住しているときに突如としてやってきたのが、ペルー率いる東インド艦隊であった。日本は、おとなの人間関係を結べるほど精神的に成熟していなかった。だからと言って、つき合いたくないとペリーを追い返す力はなかった。日本は無理やり開国を強制された。・・別の譬えを用いれば、苦労知らずのぼっちゃんが、いやな他人たちとつき合わなければ生きてゆけない状況に突然投げ込まれたのである。
それまでの状況とその状況の落差がひど過ぎた。それは日本にとって耐えがたい屈辱であった。このペリー・ショックが日本を精神分裂病にした病因的精神外傷であった。

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良くも悪くも、日本社会の特徴は「甘えの構造」だと、心理学者は喝破してますが、

「甘え」の構造
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「感受性」「繊細に感じる力」は、日本人が世界一だと、沢山の国の方々を治療してきた故ペルーの先生は申してました。

それはともかく、四季がハッキリとした日本は素晴らしい・・と、年を重ねるごとに感じるようになり、

昨日は曇り空でしたが、庭先ではマーガレットが一輪だけ咲いていて、

一輪咲くと、次々と咲き出すのが常ですが、

昨夜は一晩中、スゴい雨だったので、どうかな? と今朝見たら、

(強い)雨にもマケズ、ちゃんと咲き出してました〜

さて、先日、Amazonプライムで最新版「ゴジラ」を観まして、

【予告】映画『ゴジラ-1.0』《大ヒット上映中》

神木君など、そうそうたる出演陣なんですが、正直、「(こんなセリフ)役者さんたち、恥ずかしくないのかな〜」とか思っちゃったのですが、

相模湾でゴジラを倒すラストトシーンで感心したことがあり、

一つは、ゴジラの口内めがけて特攻した神木君(特攻の生き残り・エスケープ役)が、死んだと思いきや、パラシュートで脱出した点で、これはイイ方法ですネ。

そしてもう一つ、とても印象的だったのは、倒れつつあるゴジラに、誰ともなく「敬礼」し始めるシーンで、

すご〜く「象徴」的だと感じたのですが、映画とか小説、創造物の感じ方は人それぞれでOKで、なんと、トンチンカンだと感じた方もいました〜

【ゴジラ-1.0】ラストの敬礼について

敬礼が頓珍漢な理由:
私は『ゴジラ-1.0』での最後の敬礼を頓珍漢だと感じた派です。

理由は大きく三点。

・敵が人間や軍隊ではない
・敷島は生還した(1954は芹沢に敬礼してる)
・ゴジラを神格視しているのは一部の観客と作り手だけであって、劇中の人達は大きな害獣くらいに捉えてそう。

率直に言って、超でかいクマを退治した時に敬礼するか?ってことです。

https://note.com/james_miles_jp/n/nedb994578c69

私が象徴的だと感じたのは多分、ユングが結構好きだった・・からで、

日本人は今でも、かろうじて「自然現象とのあいだの情動的な”無意識的同一性”」を維持しているので、新年に参拝する方が多いのだと思われます。

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遠い以前においては、人間の心の中に本能的な考えが湧き起こっており、意識的な心は疑いもなく、それらをまとまりのある心のパターンの中に統合することができていた。しかし、”文明人”は、もはやこのようなことができなくなってしまった。その”進歩した”意識は、本能や無意識からの補助的な寄与を同化するような方法を捨て去ってしまった。これらの同化や統合の機関は、一般の同意によって聖なるものとされていたヌミノスな象徴であった。・・

科学的な理解が発達するにつれて、我々の世界は非人間化されてきた。人間はもはや自然の中に包まれていず、自然現象とのあいだの情動的な”無意識的同一性”を失ってしまったので、宇宙のなかに孤立していると感じる。

自然現象は徐々に象徴としての隠れた意味を失っていった。雷はもはや恐れる神の声ではなく、稲光はその復讐の飛び道具ではない。河は河の精を持たず、樹は人間の生命の原理ではなく、ヘビは知恵の具現者ではなく、山の洞穴は化物の住処ではなくなった。もはや石も植物も動物も人間には話しかけてこず、人間のほうも、聞くことができると信じてそれらに話しかけることをしなくなった。人間と自然との触れ合いはなくなってしまったのだ。それとともに、その象徴的な結合が生み出していた深い情動的なエネルギーも、消え去ったのである。

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人間が自然を征服しコントロールしようとした「この偉大な損失は、我々の夢の象徴によって補償される」次第で、

自然な感情をもコントロールした結果、「抑圧された無意識の内容は、否定的な感情という形で破壊的に出現することがある。例えば、第二次世界大戦のように」となり、

「多分、現在の映画の”怪獣もの”の中の怪獣は、もはや抑圧することのできなくなった元型の歪曲された形であろう」とのことです。

それにしても、1954年製のゴジラが、2023年、【ゴジラ-1.0】として蘇ったのは、

もし、相模湾で巨大地震が起きたら、東京は壊滅・・という危機感だけでなく、

今は、隠れた(治験)戦争中だと、無意識では感じている人が多いからかもしれず、

しかしながら古今東西どんな時代でも、「自分を愛する」が最大の課題であり、

そういう人が一人でもいれば、次々と伝播していきますので、

まずは自分を花開かせることが、世界平和への一番の貢献だと思いますよ〜

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