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「悟り」の重要ポイントとラメッシ本人が語る「悟りが起きた時」のリアル話

牡羊座の守護星である火星の名は、ローマ神話の戦いの神マルス(Mars)に由来しますが、

今現在、牡羊座には、海王星・土星、そして太陽が滞在していて、

さらに今日、4月10日からは、火星も牡羊座入りしますので、

4月10日午前4時36分、火星が牡羊座に移動します。火星は5月19日まで、この星座に滞在します。

占星術では、星にはそれぞれ「ホーム」と呼べる居場所があります。たとえば水星のホームは双子座と乙女座、金星のホームは牡牛座と天秤座、木星のホームは射手座……という具合です。そして、火星にとっての「ホーム」が牡羊座です。つまり4月10日から火星は自らの「ホーム」へと帰還するのです。

火星がホームに滞在するこの期間は、火星本来の力が最も発揮される期間です。スポーツチームがホームスタジアムで声援を受けて実力以上のプレーを見せるように、火星もまたホームの力を得て、私たちに強いエネルギーを届けます。

火星は情熱と欲望を司る星です。激しい感情を巻き起こし、人を行動へと駆り立てます。一方、牡羊座は12星座の出発点であり、すべてが始まる場所です。火星の激しさと牡羊座の「始まり」の力。この二つが重なるとき、世界には「何かが始まる」「何かを始めなければならない」という強い予感が満ちていきます。

https://solarita.me/2026/04/08/20260410mars/

この火星牡羊座入りで、中東情勢の混乱が再熱することなく、この戦いが転じて、地球の恒久的な平和への「始まり」なることを願います。

牡羊座に対応するバッチフラワーはインパチェンスで、

バッチフラワー インパチェンス
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インパチェンスのマイナス感情は、「時間がナイ・・」という感覚からくる、「せっかち」「短気」さなんですが、バッチ博士が最初に発見したレメディがインパチェンスだったのは、なかなか示唆的です。

一晩で色が変わる「ハニーサックル」と最初に発見されたレメディ「インパチェンス」

自分は牡羊座なんで、インパチェンスのタイプであることは自覚してますが、

今は標高1200mの清里で、のんびりモードの暮らしで、

何事も「待つこと」が大切なんだな〜 と、ガーデニングで学習しています。

例えば、昨年植えたポテンティラ・スカーレットスターリット、購入時に咲いていた一輪だけで終わってしまったので、

2025年夏至に「仕掛け」た「トランプ劇場」の行方と蟹座新月に行うとイイこと

場所が合わなかったのかな〜 と思ってたら、ちゃんと冬越しできて・・

玄関前に植えた、ピンクのポテンティラ・ヘレンジーンも、無事、育ってます。

逆に、昨年はたくさん咲いていたのに、無くなってしまったモノもありますので、何事も長い目で見ないと分かりませんネ。

さて、昨日4月9日は、MY恩師のペルーの先生の誕生日で、牡羊座の先生は67歳の誕生日から7日後、2012年4月16日にポックリ逝ってしまったのですが、

やはり2012年に逝去した、覚醒した精神科医ホーキンズ博士は、

天使みたいな「ズーカロ」と2012年に地球を去ったホーキンズ博士の日本へのお言葉

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世界とは「人間の進化が起こる場所」だとおっしゃり、

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世界というのは、人間の進化が起こる場所ですね。
いまから何千年も前。仏陀のいた時代は、人類の意識レベルは、90というレベルでした。イエスのいた時代、人類は100ぐらいでした。
それから少しずつ上昇して2000?3000年の間は190という意識レベルが続きました。
それから1987年、意識レベルが急に飛躍して205になりました。そして、1990年代に207になりました。

by ホーキンズ博士

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ホーキンズ博士は「悟り」が起きてから長い期間、沈黙してましたが、キネシオロジーを知って「意識のマップ」を、進化の指標として遺してくれました。
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ペルーの先生も晩年は、キネシオロジーオンリーだったな〜 で、出会った当初はまだ55歳で、その頃から既に「悟った人」という感じで、商社マンでペルーに行ったら、奇跡的な治療の数々が起きちゃって・・期せずして、ペルーで信頼されるドクターになってしまった方ですが、

本当にソレが起きたのは、61歳を目前にした2006年1月でして・・・自分はたまたま、その直後に先生に電話をしたので、「ある朝、突然・・」と、少し語ってくれ、「いつか、話せる時が来るかもしれない・・」と言ってましたが、結局、何も語らないまま、6年後にポックリ逝ってしまいました。

そして思うに、ソレ以前とソレ以降の先生の「違い」を感知した人は、毎日一緒の家族以外はいなかったかも? で、

ホーキンズ博士のキネシオロジー調査では、意識レベル700以上の「悟り」は、きわめて「まれ」な出来事なんですが、

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■1~1000の意識レベルの表
700-1000・・・悟り
600・・・平和、1000万人に1人(世界で700人)
540・・・喜び、250人に1人(世界で2800万人)
500・・・愛、25人に1人
400・・・理性
350・・・受容
310・・・意欲
250・・・中立
200・・・勇気、5~7人に1人(15%~22%)
175・・・プライド
150・・・怒り
125・・・欲望
100・・・恐怖
75・・・深い悲しみ
50・・・無感動
30・・・罪悪感
20・・・恥
(1増えるとパワーは10倍になる。)

http://gorich777.blog18.fc2.com/blog-entry-250.html
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意識レベル720に達したニサルガダッタ・マハラジ(左)も牡羊座で(かなり短気だったらしい・・)、ラメッシ・バルセカール(右)にソレが起きた時、

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シュリー・ニサルガダッタ・マハラジ Sri Nisargadatta Maharaj

1897年4月17日-1981年9月8日、インドのムンバイ(旧:ボンベイ)生まれ。
子供のときの名前は、マルティ・シヴラムパント・カンブリ(Maruti Shivrampant Kambli)。
紙巻きたばこ、手巻きたばこの小売店を営んでいた。
1924年にスマティバイと結婚し、3人の娘と1人の息子がいた。
1933年、シッダラメシュヴァール・マハラジ(Siddharameshwar Maharaj)に師事した。
師は、「私は在る」(I AM)という感覚に意識を向けさせた。
2年半後に師は亡くなり、1937年インドを旅してまわった。その旅で悟りを得た。
その後、ムンバイに戻り生計のため小さな店を維持し続けた。
1951年から教え始めた。
1966年に店から引退した後、1981年9月8日、84歳で喉の癌で死ぬまで、1日2回対話の機会を持ち、彼の家で訪問者を受け入れて教え続けた。
1973年に出版された”I AM THAT”(邦訳は『アイ・アム・ザット 私は在る』2005年、ナチュラルスピリット刊)は、北米とヨーロッパで認知され支持者を獲得した。
邦訳には、最晩年の講話をまとめた『意識に先立って』(ナチュラルスピリット)もある。

ラメッシ・S・バルセカール(Ramesh S.Balsekar)

1917年、インドの中流家庭に生まれる。大学を卒業後、銀行に勤めながら、妻と3人の子供を養い、最後は頭取として手腕を発揮する。銀行を退職後、師であるニサルガダッタ・マハラジ(Nisargadatta Maharaj)に出会い、覚醒する。それ以後長年、ムンバイの自宅や欧米で、世界中から訪れる探求者たちの質問に答える日々を送り、2009年9月に92歳で生涯を終える
著書に、『人生を心から楽しむ』(マホロバアート発行 現在絶版)、『誰がかまうもんか?! 』、『意識は語る』(ナチュラルスピリット発行)、”The Final Truth”、”Your Head in the Tiger’s Mouth”、”Peace and Harmony in Daily Living”、他多数。

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即座に、『わかった』そうです。

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<悟りはまれである>

*私の印象では、ニサルガダッタ・マラハジは40年間ぐらいの間、自分のロフトで教え、数千人の人たちに話しました その中で一部の人たちは悟りの近くまで行ったか、あるいは悟りました。でも、私たちが知る限り、ニサルガダッタ・マラハジが信頼して話すように奨励した人は、たった一人しか現れませんでした。それは、これを達成することが途方もないこと、あるいは崇高なことで、まれなことを反映しているように思います。

ラメッシ:きわめて間違って使われている言葉は、達成という言葉だと思います。 何かを達成した人は誰もいません。それがポイントです。

*それが起こることはまれと想定できますね?

ラメッシ:はい。それが起こることはまれ、きわめてそういうことです。

*ということは、私たちの展望はあまり良くないということですね(笑)。 あなた自身は、そのことについて不思議に思ったことがありませんか? それほどたくさんの人たちがあの ロフトを通過したというのに。

ラメッシ:実際は、そんなにたくさんの人たちではありませんでした。何千人でないことは確かです。実はマハラジが私に話したとき、私とマハラジは二人きりで、彼は休憩していました。そのあと、私は彼を連れ出して、海岸までいつもの30分のドライブに行くことになっていました。彼が出発の準備をしているとき、突然私の肩に手を置いて言いました。「完全な理解が起こった例が、少なくとも一つあることを私は喜んでいる」。私は彼の認証を実際必要とはしていませんでした。非常に正直に言えば、私はそれが起こったことを知っていました。私はそれを知っていましたし、相対的に語れば、それは純粋なる彼の恩寵によって起こったのです。ですから、途方もない感謝の念がありました。それでもなお、グルから認めてもらったことは実に圧倒的な感覚でした。 私は目に涙を浮かべて、たった一つの例というのが信じられなくて、彼を見ました。すると彼は「まあ、たぶんあと他に一人か二人だ」と言いました。

ですから、はい、それはまれです。でも、この基本的ポイントは、まれなことが受け入れられるということです。 そして、いったんそれが受け入れられたら、個人的にそれを欲しがることが消えます。ですから、悟りの起こることがまれであるという事実は、挫折感と完全なる自由を生むという両方の可能性があります。「自分」が何かを欲しがるかぎり、それは挫折感でしょう。ですから、「自分」が100万ドルを欲しがろうと、悟りを欲しがろうと質的には何の違いもないと私は繰り返し話し続けているのです。

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ナルホド、100万ドルだろうが、「悟り」だろうが、欲は欲なんですね。

出会った頃のペルーの先生が「悟った人」みたいだったのは、誰もがその「欲のなさ」を感知したらからで、旦那さんすらも初対面で、「あの人は本物かも」と言ってましたが、初めて(ご夫妻で)我が家に来て、すこぶる面白い、不思議話を沢山披露してくれた際、「霊性を上げたい、それ以外の望みはない・・」と、言っていたのをよく覚えてます。

そしてその頃の先生ご夫妻は、日本に帰りたがっている奥様と、ペルーが好きでたまらない先生・・という、長きに渡る「バトル」が継続中でしたが、

息子のラムさんが言うには、ソレ以降は夫婦喧嘩がなくり、治療の腕は(さらに)上がったけど、「話さなくなった」とのことで、

それまでの先生は、例えば、山川紘矢・亜希子夫妻がグループを引き連れてペルーを訪ねて来た際、「山川さんのセミナーなのに、父がとうとうと話しちゃって・・」と、ラムさん言ってましたが、先生の話は全部、スペシャルな「実話」なので、すご〜く面白く、あの時代にYouTubeがあったら、カリスマだったでしょうネ(笑)。

そんな先生ですが、ソレ以降はしゃべらなくなり、奥方は最初「呆けちゃった?」と心配したそうです。

しかしラメッシの場合は反対で、「悟った」以降のラメッシは、寡黙なタイプから「話す」役割にシフトしました。

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<悟った観点から>

*あなたは誰ですか?

ラメッシ:私は意識であり、あなたもそうです。動物であれ、人間であれ、意識があらゆる個々の肉体精神機構、個々の知覚生物を構成し、それを通じて機能しています。

*もし、こういったやりとりが続いていないならば、悟りとか意識という話題の観念はあなたの心の中に生じるのでしょうか?

ラメッシ:いいえ、悟りという出来事はすべての観念が止まることを意味しています。すべての疑念が止まります。もはや疑念がなく、もはや観念がありません。観念の必要性がないのです。 観念と疑念は「自分」がそこにいるときのみあります。主体と対象、論理と理性という分離した心の中で、考える心の中で、「自分」とはこの疑念が集合したものです。この「自分」がいなくなったとき、誰がどんな疑念をもつと言うのでしょうか? 私が今日言い始めたことを、私が以前に言ったとは思いません。それはただ起こるのです。その答えは正式化されていません。質問されるとき、答えがただ出てくるのです。それらは定式化されていないのです。答えを説明したり、考えついたりする心がないのです。

*ということは、あなたはいつも自然に瞬間的に生きているのですか?

ラメッシ:事実、生きることは常に自然で瞬間的なものです。でも、普通の人は自分が行為していると考えるので、それゆえ責任を感じます。彼は自分が世界を変えることができると信じています。やがて彼は、出来事に対して自分がもっていると考えていたコントロールは、まったく存在しないことを発見します。理解のプロセスで、彼はたくさんの困難と変化に出会い、彼はそれを不幸と呼びます。こういった不幸の時期に、物事はそれ自身で自然発生的に起こり、変化はまさに生きることの 基本であることを理解する代わりに、彼はもっと幸福になるために、自分自身を改善しなければならないと思うのです。それで彼はたくさんの自己改善コースを体験します。もちろん、こういった自己改善コースは限定的効果しかないので、さらなる挫折が続くわけです。

*で、あなたは自分の人生がどう展開するかについて 何のコントロールもできないと信じているのですね?

ラメッシ:どんな肉体精神機構を通じて起こる出来事も、常に分離した実体のコントロールを超えているのです。でも、普通の人はこのことを理解しません。彼は自分が選択していると信じることに慣れています。彼は自分には決定と行為の選択があると信じていて、それゆえにみじめであり続けるのです。悟りとは、単にこういったすべてが理解されることを意味しています。すると、自分の肉体精神機構を通じてだけでなく、自分が触れ合う肉体精神機構を通じて起こるどんな行為であれ、それに巻き込まれる代わりに、その人はすべての行為を全体性の機能の一部として受け入れるのです。変化するのはただ心構え、認識、理解です。世界は今までと同じように進んでいきます。

悟りの結果は様々な形でわき起こります。自然発生的な生活は老子によって美しい言葉で描写されています。ついでながらに言えば、マハラジは一度も老子のことを聞いたことがないと、私は確信しています。彼は老子とかタオイズムについて聞いたはずはありません。しかし、二人の考えの類似性は驚くべきことです。それらはそうあるべきで、なぜなら悟りのあとに始まるたぐいの人生は、それが2000年前の中国だろうと、100年前のラマナ・マハルシだろうと同じでなければならないのです。老子を読むとき、あなたは驚きに打たれます。ボンベイの最も喧騒な地域の小さな部屋にマハラジはいて、そこは石を投げれば売春宿に届くような地域でした。そして、老子は中国の山の中に住んでいました。でも、人生に対する心構えはまったく同じで、その心構えは彼らと触れ合う人たちに輝くような影響をもたらすのです。

賢者の人生は、普通の人から見れば勇敢な人生です。私が「勇敢な人生」で言わんとしていることは、人生と対決することではなく、変化はまさに人生の基本であることを完全に受け入れて生きるという意味です。勇敢に生きるとは、規律と理解、統一性と多様性、秩序と自然な臨機応変、社会性と個人性を調和させるという意味です。様々な経験と認識は、多様性の驚異と統一性をもって眺められます。でも賢者は、規律と理解を調停したり、秩序と自然な臨機応変を合成したりするわけではないのです。それはただ起こります。それゆえ、その魔法と不思議があるのです。

勇敢な人生は、普通の人の場合起こりません。なぜなら彼は「私は規律正しくしなければならない」と言うからです。そして、その規律が他の人たちの自由によって抑制されなければならないとき、彼はそれを対立と考えます。彼は個人でいたいと思い、「私は自分自身の人生を生きたい。私は特定の生き方、ダイエット、修行をしたい。私は自分自身の流儀で生きたい」と言います。でも人生で、あなたは世捨て人になることはできません。あなたは他人と生きなければならないのです。他人と一緒に生きることへの適応と、自分自身の個人的人生を生きたいという欲望が正反対で対立しているとみなされるとき、みじめさがあるのです。しかし、両方がともに自然発生的に働くとき、そのときにはそれらの間に自動的で自然な和解があります。

勇敢な人生とは、自然との対立を意味しているのではなく、自然が働く原理に喜んで協力するということです。実際の生活の中でこのことは、あらゆる瞬間のあるがままを構成している出来事に進んで参加し、観念と定式をもたずに自然に臨機応変に生きるという形をとります。これが「主よ、私の意志ではなく、御心を」の最も深い確信です。そういった態度は、どんな行為であれ、個人的行為者という感覚が自然に不在であることを必要とします。そのとき、道徳的正直さを意図的に修行するという意味ではありませんが、そういった生き方は自然に徳のあるものになります。

あなたの悟り、それは教えるために与えられたのですか? ヒーリングのための別の悟りもあるのでしょうか?

ラメッシ:はい、まさにそういうことです。いったん悟りが起きたら、その肉体精神機構を通じてさらに何が起こるかと言うことは不可能です。決まりきった規則はありません。その肉体精神機構を通じて何も起きないかもしれません。それがまさに以前やっていたことをやり続けるかもしれませんし、変わるかもしれません。以前は一度も言葉を書いたことない人が本を書くのです。晩餐会のあとのスピーチをするのが恐かった人が話すのです。それがある種の奇跡です。

*私はあなたの言葉がただ流れてくるのに驚いています。

それらを「ただ流れる」と言うことは正確です。本が書かれたときも同じことが言えました。言葉がただ流れて来たのです。

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「教える」役割が与えれたラメッシ・バルセカールが語る、

「悟り」が起きた時の話は、ペルーの先生の「いつか、話せる時が来るかもしれない・・」というお言葉を彷彿とさせます。

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<ラメッシの悟り>

*あなたの悟りについて、そして、それがどうやってあなたのところへやって来たのか、お聞かせください。

ラメッシ:さて、悟りはきわめて不明瞭な言葉です。悟りという言葉は、光が輝き、至福があふれ出る出来事を暗示しているように思えます。でも、少なくとも私の場合はそうではありません。

それは非常に穏やかであるけど、はっきりした出来事になりえると聞いていましたし、特に老子についての話を読んだとき、それはそうなんだという印象をもちました。皆さんの中にはこの話を知っている人たちもいるでしょうが、ここで繰り返すのも悪くはないと思います。

老子の弟子の一人がある朝、達成感で目を輝かせ、顔を紅潮させて彼のところへやって来て言いました。「先生、私は到着しました」。すると老子は、大いなる慈悲をもって、弟子の肩に手をあて、「息子よ、あなたまだどこへも到着していない」と言ったのです。それで弟子は立ち去りました。しばらくしてから彼は戻って来て、それから、非常に落ち着いて言いました。「先生、それが起きました」。老子は彼の目を見て、彼を抱きしめて言いました。「さあ、何が起きたか話してごらん」

彼は「私は何も起きていなかったというあなたの言葉を受け入れました。でも私は、自分がこれ以上できないほど努力をしたことも知っていました。ですから、私は悟りについて考えるのをやめたのです。私は悟りへのすべての努力をやめ、自分の通常の仕事に打ち込みました。すると突然、何も達成することがないという考えが起こったのです。それはずっとそこにありました!」

何かを欲しがるどんな個人もいないという理解が訪れたのです。その状態はいつもそこにあります。それが起こりえる前の最後の状態は、何かが起こって欲しいと思う「自分」の不在ということです。

*すると あなたが言っていることは、その場所への到着は、そのときになれば起こるということですね?

ラメッシ:はい! 神の意志があるとき、それが起こるにふさわしいときというのが、正しいことです。

その間、それを促すために私たちにできることは何もないのですか?

ラメッシ:はい、それもそういうことです(笑)。で、私の場合、それが起こった特定の日を知っています。光のお祭り、「ディヴァリの日」と呼ばれてる日が一年の一度あり、それはインド全土で共通したお祭りです。この光のお祭りは、悪に対する善、ラヴァナに対するラーマの勝利を称えるものとされています。通常、マハラジの集会所では、その日は彼のロフトを清掃する日、「春の大掃除」のようなもので、講話はおこなわれませんでした。私が最初に彼を訪問した年、1978年はそうでした。翌年、ディヴァリの日の前日、この理由で翌日の講話はないことが告げられたのです。ところが私の同僚の一人が、もしマハラジが同意するなら自分の家で講和してもらうのはどうかと提案しました。彼の自宅はマハラジの集会所からすぐ近くにあり、そこへ通っているたいていの人たちがよく知っていました。その結果、翌日はこの同僚の自宅で講話を聞くことになりました。彼は通訳の一人だったのですが、その日はやって来る人たちの世話をするので、私に通訳をやってもらえないかと頼んだのです。私は同意しました。

マハラジが話し始めると、何か奇妙なことが起こりました。
マハラジの声が遠くから非常に明確に私のところへやって来るように思えたのです。事実、それは通常よりもっと明確でした。マハラジは歯がなかったので、私は彼の言葉に慣れるのに少し時間が必要でした。でもその朝は、彼の声は遠くからやって来るように思え、それにもかかわらず、以前よりもはるかに明確で、私の側で何の集中力も必要ではありませんでした。私は通訳を始めましたが、それはとても自然で、実際、私は通訳しているのではなく、単に通訳が起こっているだけであることに気づきました。それはまるでマハラジ自身が通訳しているかのようで、私は単にそこに座っている観照者にすぎませんでした。

通訳が終わった後あと、私は具合が悪くなりました。 私には何が起きていたのか、わかりませんでした。体がその経験に慣れていないという単純な理由で、そんなふうに反応したのです。

私の同僚があとで、「ラメッシ、今日はすごく良かった!」と言いました。
「どんな風に良かったのですか?」と私は尋ねました。
彼は「あなたはいつもより大きな声で、大きな権威をもって話していて、今まで一度もしたことがなかったジェスチャーもつけていました」と言いました。それで私はただそれを受け入れました。それは何かが起きたという確証でした。でも、起こった何かは、内部では完全な変化、全体的な変化でした。外側で私が気づいた唯一の変化は、私の体がある種の奇妙な重さのなさを感じたことだけでした。私はそれを名づけることができず、それに気づいてから落ち着くまでに、一日が二日かかりました。でも、もしあなたがいつどうやってそれが起こったかを私にお尋ねなら、今述べたように起こったのです。

言ったように、それは非常に静かな出来事で、もちろん突然で、他のどんなことに比べても突然で…完全に予期せぬことで…完全に自然発生的なことでした。
そのあと、通訳のときはいつもそんな感じで、マハラジもそのことに気づいていました。彼は英語を理解しませんでしたが、彼はその通訳が厳密に正確でないときは、それを感じました。通訳の最中、マハラジは誰が通訳をしていても、「あなたは彼らに何と言ったのか?」としばしば尋ねたものでした。それから彼は通訳に繰り返させ、承認したり、あるいは「いや、それは私が言わんとしたことじゃない。ほら、君もそれを誤解している。君はよくそれを誤解する(笑)」と言ったりしました。
でも、その日以後、私はもはや言われていることに注意を払っていないことに気づき、そのため通訳が自然にスムーズに出て来たのです。

ある朝、私がマハラジをいつものドライブに連れ出すために、彼の準備ができるのを待っているとき、彼は特に落ち着いた調子で言いました。「それが起こったことが、私はうれしい 」。彼はまたその時点で、『ニサルガダッタ・マハラジの教え』の本が出て来ることも知っていて、こうも言いました。「それが起こったことが、私はうれしい。本は一冊だけでなく、数冊は出て来るだろう。そして、その本が語ることは、私が言ったことの物まねにはならないだろうし、それがどうやって出て来るか、私は知らないし、あなたさえ知らないだろう」。

*ラメッシ、目覚めが起きたとき、肉体の奇妙な感覚、ある種の不快さ、方向感覚の喪失があったとあなたは言いました。それは、意識がもはやその肉体と一体化しないからなのですか ?

ラメッシ:はい。

*悟りの経験についてあなたが話していたとき、マハラジが「まさにそれは起こった」と言ったことについて、あなたは話しました。あなた自身が自分に「まさにそれが起こった」と言った特定の瞬間があったのですか?

ラメッシ:一日か二日後、肉体的には普通に戻りましたが、それが起こったことを私は知っていたので、疑いはまったくありませんでした。きわめて正直に言えば、私はマハラジからの認証を必要とはしていませんでしたが、それが実際に来たときは歓迎しました。でも、基本的事実とは、私は誰からもどんな認証も必要なかったということです。

*あなたにとってその瞬間とは、その二、三日の期間の最後に来たように聞こえます。

ラメッシ:何かが起こったという感覚は、はい、そうでした。起こったいう気づきです。

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「悟った人」「達成した人」がいなくなっても、ラメッシの場合、その肉体精神機構が続いたのは「本」を遺すためだったみたいですが、ラメッシの意識レベルは、最終的に760に達しました。

いつのまにか消えちゃったかな? だった小さな青い花=シラーシビリカが、植えた場所だけでなく、

遠く離れた場所から、ひょっこり出てきて、


今日4月10日の清里は、朝から雨降りですが、

咲き始めた遅咲きスイセンの間にも、

シラーシビリカの蕾を見つけました!

1987年の「ハーモニック・コンバージェンス」から、もう39年も経つ次第ですが、

「ハーモニック・コンバージェンス」から39年目の「惑星直列」と「解決すべきサンスカーラ」

種でも球根でも、少しでも植えておくと、増やせる可能性があるのと同じように、

マハラジ→ラメッシの系譜が遺してくれたお言葉は、地球という「人間の進化が起こる場所」で、「悟り」が増えていくことに、貢献し続けるのでしょうネ!

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