春の雪は溶けるのが早く、
3月3日に降り、20cmほど積もった雪は、

もう、すっかりなくなりましたが、今日3月7日は、ちょっと風が冷たいせいか、

お外に出たベンガル・ピノちゃん、スグにリターンして、

薪ストーブの前にべったりでした〜

3月とはいえ、まだまだ寒い清里高原ですが、思い返せば、このブログを始めた頃(2014年〜)のこの家は、トイレも台所もナイ、寝袋生活でして・・
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夏はともかく、冬でも耐えられたのは、まだ若かったから?(50代ですが・・笑)
八王子から週一で通って、セルフビルドし始めたのが2010年、ほぼ完成したのが2018年、そして、清里に定住し始めたのが2022年・・その間に3.11が起き、お世話になったペルー先生ご夫妻が故人となり・・息子のラムさんは山梨で「秘露農園」を営むようになりました。

あっというまの16年でしたが、5年前、還暦の頃から伸ばし始めた髪は、

カットの上手な西八王子美容院さんのおかげで、ストレスなく伸びていき、

昨年、人生お初のストレートパーマも経験しましたが、

なにせ髪の量が多いので、乾かすのが大変でして・・それゆえ、ショート派だったのですが、この動画、かなり参考になりました!
さらツヤ髪になれる正しいドライヤーの乾かし方!騙されたと思って一度試してみてほしい!
で、オススメの「洗い流さないトリートメント」を使ってみたら、

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いや〜 マジにホントにいいので、同シリーズのシャンプー&トリートメントも試してみようと・・(4月からの定期購入で)注文しておきました〜〜
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やっぱりショートの方が楽だな〜 ではありますが、せっかくの人生、色々な髪型にトライしてみたい! という自由があるのは有り難いことだと、今、戦時下にあるイランでの変遷を知り、つくづく感じました。
女性の髪を隠すヒジャブの着用が義務化されたのは、1979年のイラン・イスラーム革命以降のことで、
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1979年の革命前、パフラヴィー国王による西欧化政策(白色革命)下、テヘランなどの都市部では、ミニスカートやノースリーブなどの現代的な洋装が一般的でした。女性は髪を隠さず、欧米風のファッションを自由に楽しんでおり、教育や仕事の場にも積極的に参加していました。
AI による概要
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イラン人の「暮らし」に詳しい若宮總氏は、
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2024年の時点で、「うわべだけの平静は、長くは続かない」と、寄稿してました。
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<女性にスカーフ着用強制のイランが一転「黙認」、それでも市民が喜べない複雑なワケ>
2024年8月29日
政教一致の国・イランでは、女性は公共の場ではヒジャブ(スカーフ、ベール)を着用して髪を隠さなくてはならない。しかし2022年9月、テヘランで22歳のイラン人女性が「スカーフを着けていなかった」と道徳警察に逮捕され、暴行を受けて数日後に死亡するという事件が起きた。これをきっかけに人々の怒りが爆発、女性や若者を中心に、イラン全土で反政府デモが行われた。あれから2年。首都・テヘランでは現在、大勢の女性たちがスカーフなしで街を歩いている。イスラム体制が崩壊したわけでもないのに、いったい何が起こったのだろうか?(イラン在住日本人 若宮 總)
2022年の反体制デモから1年半以上が経った今、テヘランを訪れる人はそこをドバイやイスタンブルと錯覚するかもしれない。
もちろん、テヘランにはドバイのように高級なビーチリゾートもなければ、イスタンブルに似たフェリーの行き交う穏やかな入り江もない。しかし、この町には新しい「風景」がある。スカーフなしで歩く女性たちだ。 その姿は、まさに一つの風景と言ってよいほど、すっかりこの町になじんでいる。女性がスカーフを外して道を歩くだけで、すすけたコンクリート砂漠だと思っていたテヘランの町の印象さえも、どこか明るくなる。
正直、これほど短い期間に、これほど大きな変化が起こるとは思ってもみなかった。それはイラン人にとっても同じだ。何しろ、ついこのあいだまで「スカーフが自由になる日は、イスラム体制の崩壊する日」とまで言われていたのだから。
今でもはっきり覚えていることがある。2018年ごろだったろうか。私は友人のサラさん(仮名)にこう言った。
「賭けてもいい。あと15年以内に、スカーフは自由になる!」
大した根拠もなく豪語する私を、彼女はあきれたような目で見ていた。
「ありえないわ。この体制はスカーフでもっているようなものなんだから」
その表情には、悲しいあきらめが漂っていた。彼女は日頃からスカーフを「鬱陶しいぼろきれ」と呼び、プライベートでは決してそれをかぶらなかった。
「スカーフでもっている」というのは、つまりこういうことだ。イスラム体制は、「イスラム的支配」を常に可視化したい。まあ早い話、「ほら見て、こんなところにもイスラム的支配が及んでるでしょ!」と見せびらかしたいわけだ。
女性たちがスカーフをかぶれば、とりあえず「イスラムっぽい雰囲気」は十分すぎるくらいに出る。逆に、かぶってもらえなくなると、「あれれ、この国のどこがイスラムなの?」と言われかねない。つまり、体制の求心力が問われてしまうのだ。
スカーフは政治的な「道具」としてイスラム体制の根幹を支え、自分たちはその犠牲となっている――。それがこの国に暮らす女性たちの常識だった。だからこそ、「スカーフが自由になる日は、イスラム体制の崩壊する日」だったのである。
ところが、である。サラさんと私がそんな話をした日から、15年どころかわずか4年ほどでスカーフは自由になった。私の予想は的中したのだ。しかも、思ったよりだいぶ早く。
もちろん、政府は「風紀警察」の活動を停止しただけで、公式にスカーフ自由化を宣言したわけではない。そればかりか、デモから1年半以上を経て、いくらか人々のほとぼりが冷めはじめたのをいいことに、ベール不着用の再厳罰化に向けた動きすらある。
とはいえ、スカーフをかぶらない生活に慣れてしまった今、女性たちが再び以前のような強制に従うとは考えにくく、なし崩し的な自由化の波はもはや食い止められない、というのが大方の見方である。
一方、今のところイスラム体制そのものは崩壊していない。つまり、スカーフ強制という一角だけが崩れ落ちて、体制のほうは一応持ちこたえているという状況で、これも私が当時予想した通りの結果になっている(もっともサラさん自身がそれを忘れてしまった現在、私の予言が、みんなから「後出しジャンケン」と思われているのは遺憾だ)。
かくしてスカーフの自由化は、思いのほか早く達成されたわけだが、イラン人たちの心中は複雑だ。
おおむね30代以上の世代は、デモによりスカーフが自由になったことは大きな前進だったと考えている。何しろ革命以降、40年以上にわたり幾度となく繰り返されてきたスカーフへの抵抗が、ようやく実を結んだのだ。
かつては、バスや地下鉄の乗客、タクシーの運転手の中にも、スカーフのかぶり方を注意してくるようなお節介な人がいたが、デモの後はほとんど姿を消した。今そんなことをすれば、「独裁者の手先」「イラン国民の敵」とありったけの罵詈雑言を浴びせられ、その場で袋叩きにあってしまうからだ。
親でさえ、自分の娘にスカーフのことで口出しするのがはばかられるようになった。「スカーフなんか、みんなしてないじゃん!」と言われてしまえば、いくら親でも二の句が継げない。
このようにスカーフの自由化は、政治的領域に留まらず、社会や家庭のなかにも新しい風を吹き込みつつある。それは、「自分のことは自分で決める」という、自主と自立の精神でもある。その意味では、スカーフ自由化はある種の文化的「革命」だったと言っても、あながち誇張ではないだろう。
しかし、一方で10代、20代の若者たちは、決して現状に満足していない。彼ら彼女らは、スカーフ強制に対する抵抗の余勢を駆ってイスラム体制の本丸にまで攻め込み、カッコつきではない文字どおりの革命を起こすつもりだったのだから。
連日連夜、実弾が飛び交う中を、命も顧みずに行進した結果がスカーフの自由化だけでは、まさに「大山鳴動して鼠一匹」。体制打倒を夢見て散っていった仲間たちに顔向けもできない。
今この世代のあいだに漂っているのは、まごうことなき敗北感であり、安全な場所で模様眺めを決め込んでいた上の世代に対する不信感である。一定の勝利ととらえるか、敗北ととらえるか――。反体制デモの評価は、イラン人のあいだでもまだ定まっていない。
ただ、彼らがデモ後のイランについて話すとき、決まって引き合いに出すペルシア語の慣用句がひとつある。
「灰の下にかくれた熾火(おきび)」
――うわべだけの平静は、長くは続かない。人々の怒りと不満は、いつかまた燃えさかる炎となって噴き出すに違いない。それが、すべてのイラン人の共通認識である。
https://diamond.jp/articles/-/349432
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う〜〜ん、2022年のムゴイ事件以来、(一部の)女性達はスカーフを外して、髪をなびかせて街を歩くようになっていた・・とのことで、そして、この「見た目」の変化は、「イスラム体制の根幹」を揺るがす変化だったのですね。
そんな中、米国のアリサ・リュウが金メダルを取ったのも象徴的で、
Alysa Liu’s figure skating! Wins gold medal for US to my favorite Donna Summer MacArthur Park Suite
ピノちゃんの髪型(頭)に似てなくもない、

このトラ柄ヘアーをやめされられるなら、フィギアをやめる! と、彼女は言い放ったそうです!

アリサ・リュウの父親は、1989年の天安門事件後アメリカへ渡った方で、
中国から政治亡命した父は、2022年の北京五輪前に中国からリュウに帰化の働きかけがあったことを示唆した。それを拒否した後から嫌がらせが始まり、逃れるため避難した合宿生活に嫌気がさしたリュウが一度は引退を決めたという。政治的な苦難をも乗り越え感動の金メダルがあった。
イランの「イスラム革命防衛隊」は、中国人民解放軍を手本にした・・とか言われてますが、
2022年以降、イランの女性たちがフィギア=「形」のレベルで強制にNGしたことは、今の「流れ」に影響を与えたと考えられ、いずれにせよ、たかが「見た目」でも、想像以上に大きな「意識の変化」をもたらすのかもしれませんね。
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