令和になって早々、トランプさんが日本にやって来ましたが、
日本政府の気前の良さに、「アメリカのマスコミが日本国民に代わって心配してくれている」とのことで、
NYタイムスの記事では、「約27兆4700億円」のことが話題になってるようです。
@Yamakawakenichi
約27兆4700億円と過去の最高額、ローンを組んで買う。肝心の国民には死ねと言っているに等しい。おかしいだろう、安倍政権。夏の選挙で鉄槌を下すしかありません。
11:31 – 2019年6月10日
https://talent.thetv.jp/person/0000081023/sns/#TW-1137910027090612230
個人的にはAbeちゃんより、コッチのおじさんが臭いような・・
日本人は「水と安全はタダだと思っている」と、よく言われますが、
借金もタダだと思ってれば、タダになるかもしれず・・・
とりあえず、今日はやっと晴れて、洗濯出来てナイスです!
「約27兆4700億円」の記事を拾ったのは、今や大学教授・・のロッカー作家、山川健一氏のツイッターからで、
ロックはビートルズくらいしか聞かずに育ちましたが、
ビートルズ『悲しみはぶっとばせ』
中年過ぎて、ピンク・フロイドを聞くようになったのは、
山川氏の「ヒーリング・ハイ」を読んで、興味を持ちました。
20年も前の本ですが、「生まれ変わりの村」研究の森健さんも影響受けたそうです。
私は本を読み終わるとつぶやきました。
純文学の作家なのにオーラが見えるようになってしまった。急がねば……」
世界が大きく変わろうとしていると思えたのです。
二ヶ月後、私は中国内陸部に旅に出て、考古学者王虎応と出会います。
そして一三年の時が流れました。(略)
二〇〇八年の秋、山川さんと再会し、親交が深まります。
山川さんと王虎応氏と私は山川さんのオフィスで共著『運を良くする』(アメーバブックス新社)のための鼎談をすることになったのです。
さらに山川さんのインタビューによる『あの世はどこにあるのか』(アメーバブックス新社)も刊行されました。
今思えばすべてのはじまりは本書、すなわち『ヒーリング・ハイ』だったのです。
山川氏は精神世界とか全然興味なかったのに、ピンク・フロイドに酔いしれる毎日を送っていたら、
ある日突然、オーラが見えるようになった・・とのことで、
ちょうどその頃、天然でオーラの視えるペルーラムさんと親しくなり、
「ホントにオーラってあるんだ〜」と嬉しくなってたので、山川氏のオーラ体験に興味を持った次第です。
最近になって、いわゆる「マトモな」方々が続々と多次元のことを言い始めてますが、
これからの世界では「考える」以前に「感じる」こと大切だと、砂見漠氏は指摘します。
実際には、「1つのまとまりを持って存在する世界」を、細かく切り分けた上で、それぞれの関係を断ち切られた権威によって複雑に解釈することが進められてきたのです。
そして、「全体から世界を捉える事の出来る人がいなくなってしまった」というのが現状なのです。
しかし、「3次元物質世界」という限界を持ったままでの「理屈」によって、新しい多次元世界へと乗り出していくことは不可能であるのです。理屈とは、3次元的な解釈であると言えます。
4次元、さらには5次元以上の世界へ進むにあたっては、「考える」事ではなく「感じる」ことが、新しい推進力となって機能し始めます。「調和に基づいた思考」の重要性が失われるという訳ではありませんが、私達が馴染んできた「エゴに基づく思考」は、分離的な物質世界に対応するための3次元的な思考であるため、ここで手放す必要があるのです。
それは、幻想の中に留まり、その世界で経験を重ねていくためには必要なものでありました。しかし、そうした幻想を手放して、新しい世界へと進んで行こうと言うのであれば、エゴに基づいた思考では推進力と成り得ず、幻想世界へと留まるアンカー(碇)となってしまうのです。
しかしながら砂見氏も言うように、ただ感じていればイイというわけではなく、
インチキ霊能者に注意を促す桜井識子さんは、誰にでも「直感」があると言ってますが、
「感じる〜」の直感の背後に、「エゴに基づく思考」があると、いわゆる妄想と同じになります。
以前、ペルーラムさんと一緒にやっていた「レジリオンス」というセミナーでは、
「直観力」を高めるということを主眼にしてましたが、
「直観と直感」との違いは、「調和に基づいた思考」の有無にあるのかもしれません。
直感は、感覚的に物事を瞬時に感じとることであり、「勘で答える」のような日常会話での用語を指す。
他方で、直観は五感的感覚も科学的推理も用いず直接に対象やその本質を捉える認識能力を指し、認識論上の用語として用いられる。 第六感という表現は、ほぼ後者を指す。
”感じる力”である直感は、
ワンニャンの方が人間より高性能だったりしますが、
人間の場合、感じたことを認識に出すまでには、
カメラが画像処理するのと同じく「思考」が入り込みますので、
パッとわかる、閃きのような「直観」になるには、歪みのない「思考=感情」状態であることが大切です。
つまりパスカルさんが、「人間は考える葦である」と言ったのはある意味正解で、
霊能者が視えたり感じたりしているのは嘘ではないしろ、
「全体から世界を捉える事の出来る人がいなくなってしまった」率の高い職種とも言えます。
いずれにせよ私たちが見てる世界は「独自のフィルター」がかかってる状態で、
2006年頃ですが、バッチフラワーの相談に来たクライアントさんに、
桜井識子さん的に「視える」方がいて、ペルーラムさんを紹介したところ、
「この人すごい、全然見えない、透明なんです・・」という言い方をして、
その方には、各人が持ってる「独自のフィルター」のようなモノが見えるようでした。
ちなみにその女性は、ペルーの先生の整体も受けたのですが、
その方のことを「今まで何万人と診た中で一番力がある」と、先生は奥様に言ってたそうです。
ペルーの先生は「視える」というより、直観で「わかる」人でしたが、
その女性いわく、「お父さんの方も見えないけど・・」とのことで、ラムさんのことをいたく気に入ってました。
「視える」人同士、感じるものがあったのかもしれませんが、
まだ若くて離婚直後の方で、その後、再婚されたとご報告が来ましたが、
「視える」からといって、必ずしも「ラッキー!」というわけではないことを痛感した事例でした。
ところで、このブログを始めたとき使っていた「ニコンD70」が、
2017年の節分から突然、SDカードに記憶しなくなり、
小型の「FUJI X70」を使ってましたが、
旦那さんはやっぱりニコンがお好きなようで・・
先月「ニコンD750」をゲットしたのですが、
同じ被写体を撮っても、ニコンと富士では色の出具合が微妙に違ってます。
「FUJI X70」
「ニコンD750」
色の違いは、どちらが「善い悪い」ではなく、それぞれのメーカーの「味付け」ですが、やはり高性能の「D750」の方が解像度が高く、水滴まで細かく写り込んでます。
人間も、波動が粗いと気にならないことが、細かくなればなるほど「気になる」わけで、高性能のカメラで「視えちゃう」人ほど、ノージャッジが課題になるようです。
そして、形は似ていても、古いカメラはもう「使えない」わけで、
これからの時代、「エゴに基づく思考」から「調和に基づいた思考」への移行は必須ですネ!
ピンクフロイド『TIME』
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