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OSHOの「観照」の大前提、「まずは自分を愛すること」

OSHOの「観照」の大前提、「まずは自分を愛すること」

バッチフラワーは、英国の医師・バッチ博士が、38種類の植物が特定の感情・性格傾向をバランスさせることを「発見」し、

完成させた「システム」ですが、
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バッチ博士はひょっとしたら、人間をバカのままにしておく「制御装置」であるインプラントシステムを感知していたのかもしれず、

いずれにせよ、花のエッセンスが心身を癒すことは、レムリア・アトランティス時代からの叡智だったようです。

毎週末通っている清里高原は花々が美しく、
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こんな日陰にも、可愛らしい花がいたりして、
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早春に、南部町のペルーラムさん宅から頂いた「イチゴ」も、

楚々とした花の後は、可愛らしい実をつけ始め。
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毎年、勝手に咲いてる「アヤメ」とか、
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それぞれに個性的な清里の花々は、
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ただ、「あるがまま」で、
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お隣さんと競ったりせず、美しい花を咲かせてますが、
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ただひたすらに、「生長」する第二密度から、「自我」を持つ第三密度に進んだ人間は、

自分自身を100%受け入れる・・ということが中々難しく、

だからこそ、人間は「意識的」になり、自分がするどんな小さな行為でも、「愛する」ことが大切だとOSHOは言います。

・・・・・
<自分を愛し、自分のすべての行為を愛する>

   あなたがいつも人に認められる必要を感じているのは、自らが自分自身を受け入れていないからだ。だからそれに代わる代用品として、人に認めてもらいたくなる。いったん、自分自身を受け入れたら、人が自分のことを良く思おうが悪く思おうが問題ではない。どう思うかは彼らの問題であってあなたの問題ではない。自分が自分のやり方で人生を生きていれば、それを他人がどう考えるかは、もうあなたの問題や心配ではない。
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  あなた方は本当に子どもの時から、自分はそのままではいけないのだ、という考えを絶えず浴びせられ、頭に叩き込まれて来た。こう振る舞うべき、ああ振る舞うべき、そうして初めて自分は受け入れられるのだと。だから人々が自分を受け入れてくれ、評価してくれ、尊敬してくれたら、それが自分が良い人間だということを意味すると、あなたは考えるようになる。
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  だが自分を受け入れていないために、このことが世界中の誰にとっても問題のすべてを創り出している。誰もが他人の意見に依存するようになり、他人の意見に支配されている。こういう単純な事実を見て、私は他人の意見を気にするという考えを捨てた。するとそれは、まったく名状し難いような自由を私に与えてくれた。ただ自分自身でいられるということは、非常な解放感だ。
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  もしあなたが人々の中に出て行って、人に出会うことを恐ろしいと思っているとしたら、それはあなたが自分をひどく空虚なものに感じているということだ。だがそうあるべきではない。人は自分自身で溢れているべきだ。他の誰の意見でも評価でもなく、自分自身の活気と心からの喜びで溢れているべきだ。そしてそれこそが、私が意図しているものだ。
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  瞑想は人に権威を、力を与える。その権威と力は他人を支配するためのものではなく、ただ誰もその人から奪い去ることのできない力の質であり、権威という質だ。それこそが、その人間のものだ。
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  自分自身の足で立ちなさい。聖者であろうが罪人であろうが、自分が何であれ、誰からも奪い去られないように、ただ自分自身を拠り所にしていなさい。大衆の意見に支持された聖者であるよりは、自分自身の足で立つ罪人の方がましだ。・・・・

  あなたは自分を受け入れていない。それなのに、どうして自分の行為を受け入れられるだろうか。要は自分を愛することだ。あるがままの自分を受け入れることだ。もし私が自分を愛していれば、何をしようと私はその行為を愛する。私の行為は自分の存在から溢れ出てくるものだ。もしその行為を愛していないのなら、私はそれを止(や)める。続ける必要がどこにあるのか。
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  でも、あなたは自分の行為を愛してはいない。源泉である自分自身を愛していないのだから、それが生み出す産物も愛されることはない。それはあなたが何をしようと、あなたが技師であれ、医者、科学者、教育者であろうと、何をしてもあなたはその中に憎しみを持ち込む。その憎しみが行為を反復的にする。それを自覚していないが、あなたは嫌悪している。
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   そしてその口実を探す。「これをしているのも妻のため、子どものためだ」。そしてあなたの父親もそれをあなたのためにやり、そのまた父親も子どものためにそれをやった。あなたの子どももそれを自分の子どものためにやり、こうして誰も生きることを楽しまない。
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  あなたはただの臆病者だから、そこから逃れられない。臆病者だからこそ、それを捨てて自分の好きなことをすることができない。それであなたはすべてを子供や妻の上にのせ、彼らのせいにする。だから彼らもまた同じことをする。
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  子どもに聞いてごらん。子供は学校に行っている。でも退屈している。「自分が学校に毎日行くのは親のためだ。行けば親は安心するが、行かなければ親は心配するし、とても悲しむ」。妻はどうか。彼女はすべてをあなたと子どものためにやっている。
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  結局、誰も真に自分のためには生きてはいない。しかも自分をそれほど愛してはいないので、自分自身のためには生きられない。その結果、すべてがおかしくなる。自分という源泉が愛されていないために、つまり源泉が毒されているから、その源泉から生じるもののすべてが毒されるということが起きる。
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  では別の仕事だったら自分の行為を愛せるかというと、そういうわけでもない。あなたは自分の生きる姿勢をその仕事にも持ち込む。始めのうちは目新しさのために、興奮するかもしれない。でもそのうちに、それに慣れてしまい、また同じことが始まる。
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  だから自分自身を変えることだ。自分自身を愛し、何であれ、自分のすることを愛する。それがどんなに小さなことであれ、自分から溢れ出た行為として愛することだ。
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 『神秘家の道』『存在と一つに』 OSHO 市民出版社

・・・・

21歳で「悟りを得た」OSHOさんは、「観照」することによって「無意識」が意識化されるとしてますが、

その大前提としては、ただ咲く花々のように、
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木陰で咲こうが、
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日向であろうが、
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まずは、あるがままを「愛する」ことが大切なんですネ!


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コメント & トラックバック

  • コメント ( 3 )
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  1. 5月半ばに、清里、小淵沢に行きました(*^^*)緑が美しく水も綺麗で…ここに住めたらなぁ、と何度も思いました(>__<)

  2. すみません!途中で…(´;ω;`)
    自分を愛すること、一番の基本で、それができたら他人も愛せますよね。。本当にこの世は学ぶ事ばかりですね(*^^*)

    • 自然の中に長くいると、妨害物(?)がない分、今まで見えなかった(見たくなかった)ホンネが出て来る感じで、都会には、気をそらせる刺激がたくさんあると実感しました。

      まあ、どちらの生活も學びではあり、どこにいようと、自分を100%受け入れることが學びではあり、なかなか、ムズムズですネ!

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