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ついに揺れ始めた安倍政権と西郷隆盛と伊藤博文の大きな違い

ついに揺れ始めた安倍政権と西郷隆盛と伊藤博文の大きな違い

7月11日、日本本島の最南端、鹿児島県薩摩地方で震度5強の地震がありましたが、

鹿児島県薩摩地方で震度5強以上を観測するのは1997年5月13日に薩摩川内市中郷で震度6弱を観測して以来20年ぶりとのことで、

九州大雨後の「7.11」って何だか怪しい気もしますが、

いずれにせよ九州地方は守られているようで、

安倍政権への抗議が相次いでますが、
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いま、安倍政権が揺れている。森友学園や加計(かけ)学園をめぐる疑惑、さらに稲田防衛相の失言や、自民党の豊田真由子議員のパワハラなど次々と問題が噴出しているにもかかわらず、それらを気にも留めない傲慢な姿勢が国民の反感を買い、ついに7月2日の都議選で自民党は歴史的な惨敗を喫した。今後の政権運営は、一気に不透明感を増したといえるだろう。

http://tocana.jp/2017/07/post_13644_entry.html

もしかしたら、あまりに情けない安倍政権に対し、

鹿児島県人のヒーロー、西郷隆盛さんも日本国民として、
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長州を出自に持つ安倍チャンに激怒しているのかもしれません。

<器量と人望 西郷隆盛という磁力>

(己を愛するは善からぬこと)

時代が大きな転換期を迎え、閉塞態と不透明さが周りを覆うとき、語られる言葉がある。それはたとえば「清貧」であったり、「品格」であったり、「変革」であったりする。

そして、昨今の新自由主義がもたらしたこの国の政治や経済の混乱と破綻の状況を見るとき、それを預かり、その責を担うものへの倫理観、責任感のありようが厳しく問われる。

そんなとき、私たちは、あの巨人西郷の「無私≒至誠」という言葉を強く思い出す。ここでまず、西郷の言葉を記録した『南洲翁遺訓』の一節を見てみよう。

「己れを愛するは善からぬ事の第一なり。修行の出来ぬも、事の成らぬも、過を改むる事の出来ぬも、功に伐(ほこ)り驕慢の生ずるも、皆自ら愛するが為なれば、決して己を愛せぬものなり」

文字通りここでは私利私欲を抑え、清廉誠実なる生き方を強調したものである。それはあの有名な「幾たびか辛酸を歴(へ)て志始めて堅し。(中略)児孫のために美田を買わず」という言葉に重なる。

それは西郷自身の生き方の哲学であると同時に、世の人々の処世の哲学としても語られている言葉である。

実際、彼の私生活そのものを示すエピソードが、そのことを如実に物語っている。たとえば、坂本龍馬が鹿児島に来て西郷の家に一泊したときのことである。夜半に西郷と夫人の話す声が聞こえてきた。夫人が家の屋根が腐って雨漏りして困っている、お客があったときなど面目がないので早く修理してほしいと訴えると、西郷は「いまは日本全国に雨漏りがしている。我が家の修繕なんかしておられんよ」と答えたという。(山田準『南洲百話』)・・・

しかし、彼が説いた無私という言葉の標的は、むしろ権力の上に胡坐(あぐら)をかき、奢侈の限りを尽くしていた当時の政府の高官たちに向けられていたと見ていいだろう。・・

http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/browse365160725.html

こちらの書からの抜粋ですが、

「なわ・ふみひと」氏のコメントによると、「奉仕の人」西郷隆盛さんは、「権謀術数に長けた」長州の方々にまんまとやられてしまったとのことです。

★ひとくちコメント ―― ここにご紹介したエピソードからも、西郷隆盛は、国の政治を司る人間の理想像とも言える人物であったことがわかります。その「敬天愛人」の信条とともに、私が最も尊敬する歴史上の人物です。残念ながら、最終的に明治新政府の実権を握ったのは、大久保利通や伊藤博文という権謀術数に長けた俗物でした。総理大臣時代の伊藤博文の給料は今のお金に換算すると約10億円にもなるそうです。芸者遊びが大好きで、気に入った女性には高額の宝石などをプレゼントしていたといいます。伊藤博文に限らず、明治新政府を担った人物の中には、西欧の文化にかぶれて奢侈に走る人物が多かったのでしょう。そういう姿を見て、西郷は「家屋を飾り、衣服を文(かざ)り、美妾を抱へ、蓄財を謀りなば、維新の功業は遂げられまじきなり」と嘆いているのです。(なわ・ふみひと)

「なわ・ふみひと」氏は食品会社に勤めているごく「普通の人」とのことですが、

生まれたばかりのお子様を亡くした経験から霊性に目覚め、

2003年よりブログを立ち上げ、2012年に向けて警告を発してた先駆者です。

2012年に何も起きなかったことで、「なわ・ふみひと」氏に抗議する人もいたようですが、

ラー文書によると、2012年前後から地球は第3密度から第4密度への進級に伴い、

ポジティブかネガティブ、いずれかの「収穫」の時期を迎えるということで、

いわゆる「2012年問題」とは、人類が選択をしなくてはならなくなる時期のポイントであり、

「なわ・ふみひと」氏の警告は当っていたようです。

つまり、これからの人類は、

知らず知らずにグループに分かれていき、

① 49%が「自己への奉仕」で51%が「他者への奉仕」のポジティブな収穫へ向かう電車に乗る人達

② 95%以上が「自己への奉仕」のネガティブな収穫へ向かう電車に乗る人達

は、まっ二つに分かれていき、

3.11を当てた松原照子氏の「日本列島真っ二つ」予言は、地震ではなく、このことをキャッチしたのかもしれません。

そしてラー情報によると、 ①と②、どっちつかずで「選択してない」で待合室にいる人達は、選択を強いられるような困難に出くわすことが多くなるようです。

バジャールさんは2016年の秋以降、「すべてが変わります!」と予言してましたが、

2016年秋:すべてが変わります!変化は瞬間に起こることもあれば、ある程度の期間を経ての変化もあります。どちらにせよ、振り返ってみた時に変化は2016年の秋に始まったと思えるでしょう。地球外生命体の存在が確かなものとなって確認されていきます。地球以外にも生命体が存在することは98%の可能性で明らかなものとなります。

その意味は、2016年の秋以降はどんどん、

①と②の電車の乗り換えや、

待合室にいる人達が、①か②の電車に乗るのが難しくなっていくということです。

そして、人類に奉仕する惑星連合からの「ラー文書」によると、

こういった知識のあるなしは、3つのグループ分けには全く関係なく、

実際に、普通の人達の中には、日常的に「49%が自己への奉仕で51%が他者への奉仕」を心がけている人も多いかと思われますが、

さかんに報道される芸能人や政治家達のゴシップの数々には、

「95%以上が自己への奉仕」へ向かっている行為が目立ち、

多分、大多数だと思われる、まだ、どっちつかずで「選択してない」人達は、

どんどん影響されて不安的な気持ちになって、色々な不都合が起きてくる場合もありますので、

20年ぶりの鹿児島県震度5強地震を機に、

西郷さん的「他者への奉仕」の道か、
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初代総理大臣的「自己への奉仕」の道か、
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キッパリ選択した方がイイかもしれませんが、

①の道は、美しく、楽々なゼロポイントフィールド的な道で、

②には大変な努力と競争を強いられるとのことで、

そして③の「選択してない」場合は、地球に似た第三密度の星に行き、原始時代からやり直すとのことで、「原始時代もいいな・・」という向きもありますので、
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すべてはお好み次第であり、他者の選択に干渉しない、自由意志を尊重するのがココ地球での「ルール」でもあるようです!


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  1. Session36 質問1

    質問者: 貴方は、此れまでの対話らに於いて、”心/体/精神/複合体の全体性部分”(totality)というものについて言及されて参りました。
    それでは、この心/体/精神/複合体の全体性部分というものが如何なるものであるのか、此れを我々が理解可能となる為に、どうかその定義を行って頂けるでしょうか?

    ラー: ラーです。 (この八段階オクターブ内には)、或る一つの次元が存在しており…、其処に於いては、”時間というものがその影響力を全く及ぼしていない様な状態”(時間の存在しないかの様な/あらゆる時代場面が同時に存在する状態)が存在しております。
    その様な次元内に於いては、心/体/精神/複合体とは、永遠に続く”今・現在”という状態の中で、永遠に続くダンスを行っているかのごとき状態の内に置かれており…、この様な状態こそが、其の心/体/精神/複合体が(自らの全ての側面らと共に)自身の完全状態・全体状態の内に置かれた状態である、と考えられる事が可能である、という事であります。
    その様な中、この心/体/精神/複合体(の全体性)とは、当初は、社会記憶複合体の一部分となり、その後、(最終的には)全一の創造主の全自己の中に自ら進んで吸収されて行く事となるのでありますが、其の時が訪れるまでは、上の全体性部分の中で、自らを知るという作業を行う事となる、という事であります。

    その様な中、この心/体/精神/複合体の全体性部分とは、恐らくはあなた方が”ハイヤーセルフ”と表現される所の対象、その”発生源”の一つとしての機能を行う所のものとなっております。
    一方で、このハイヤーセルフが、次に、第三密度で経験作業が行われる際には、其処で生み出された所の蒸留物ら(経験情報ら)を調査・観察するという機能の発生源の一つとなっており、更には、この対象が、(この蒸留された経験情報らを元にして)、更なる経験作業の為のプログラムを組んで行くという作業を行う事となります。 その様な中、このハイヤーセルフによって経験の蒸留作業が行われ、次に更なる経験のプログラムが行われるという状態とは、第四密度、第五密度、第六密度らに於いても行われている所の経験処理の過程となっており、この状態が継続されて行く中、(この経験作業が)第七密度へと至ると、この心/体/精神/複合体の全体性部分自身が意識上に現れてくる事となり、(この全体性自らが、上の援助作業を行う事となって参ります)。

    質問者: それでは、(ハイヤーセルフの出処とは、この全体性部分であるとの事ですので)、この心/体/精神/複合体の全体性こそが、成長触媒に対して改変プログラムが行われる際には、その責任を担っており…、例えとして、心/体/精神/複合体によってその第三密度経験内に於いて成長触媒が経験される際には、この心/体/精神/複合体の全体性こそが、その成長触媒に対してプログラム改変が行われる事を発生させている所の原因となっているのであり…、この全体性の働きの下、この心/体/精神/複合体が第三密度経験を行う中でその関係状況に変化が生じた場合には、いわば、其処に更に適切な触媒が追加される事が可能となっている、という事なのでしょうか?

    ラー: ラーです。 其の御推測は、正しいものではありません。 
    貴方がそう呼ばれている所の”ハイヤーセルフ”こそが、その作業を担っているという事であり…、このより高位の自己とは、つまりは、其の(下位)存在が此れまでに蓄積してきた経験らからなる所のあらゆる蓄積物、此れを完全に理解している所の自己の事でありますが…、このハイヤーセルフこそが、其の(下位)存在からは未だ適切に学習が行われていない所の経験らが存在する場合、それら経験が適切に学ばれてそれらに対してヒーリング(平衡化)が成し遂げられる為に、この存在部分に対して援助を行う所の存在である、という事であり…、更には、貴方が上で御指摘された様に(その関係状況に変化が生じた場合には)、貴方の表現に従わせて頂くならば、”更なる生命経験の為のプログラミング”が行われる為に、其の援助を行っている所の自己である、という事であります。

    一方で、この心/体/精神/複合体の全体性とは、このハイヤーセルフという”側面的存在”…、この側面的存在から更に援助の要請を受ける所の(より上位の)存在であり…、この状態とは、まるで、その心/体/精神/複合体が、そのハイヤーセルフに対して援助の要請を行う状態と同じものとなっております。
    その様な状態の一例として、或る者とは、この空間/時間-連続体内に於いては、この自らの上位の自己との間に、意図的に構築された状態からなる所の一関係性を有している場合が存在しており…、其処に於いては、この存在に対しては、この上位の自己を通じて更なる情報が提供される事となり、”もう一人の存在”(自己の内の他の側面的存在)によって此れまでに蓄積されてきた所の経験ら、其の全体が提供されて利用可能となって参り…、従って、この(下位)存在とは、(このハイヤーセルフからの援助を得る事によって)、この密度に於いて学ばれる事となるレッスンらを、より深く理解する事が可能となって参る、という事であります。

    この様に、この心/体/精神/複合体の全体性とは、流動的な”流砂”の様に、其の性質が常に変動する所の存在であり、というのも、この全体性の内の或る部分とは、其の同一存在が”並行して”行っている所の成長作業ら、これらの集積結果から構成される事となっているからであります。
    この(成長作業らが平行して行われる中で、それらが集積される事によって生じた)情報とは、後に、この存在の”ハイヤーセルフという側面的存在”へと降ろされ、此れに対して手渡されて行く事となります。 其の後、このハイヤーセルフからなる側面的存在とは、この手渡された情報…、(他の側面存在らによって、物理世界に対して)実際に投影・展開される事によって体験された所の、蓋然性/可能性からなる渦状体ら(獲得された実際の経験情報ら)、此れらを参考・利用する事によって、(下位)存在に対していわゆる”将来の生命プログラム”行う事となり、この情報の下、より高い程度に於いて其の援助を行う事が可能となって参る、という事であります。

    質問者: セス(Seth)からの情報の中に一つの言及が存在しており、其処でセスが述べている内容として、「現在、この地球上に存在する所のそれぞれの存在とは、実際には、自らのハイヤーセルフに属する所の一部分的存在であり、もしくは一側面的存在であり、他の表現では、其のオーバーソウルに属する所の一部分的存在であり、もしくは一側面的存在であり…、この様に、このハイヤーセルフもしくはオーバーソウルとは、複数の次元ら内に、様々な側面らもしくは部分らを数多く有する状態の中に置かれており…、其処に於いては、この部分存在らの総てが平行してレッスンを行っている事が理由となって、(あらゆる種類の経験らが学ばれる事から)、このハイヤーセルフ自体が、”平衡性(バランス)の取れた一状態の中で”更にその進歩を行って行く事が可能となっている」との事であります。
    それでは、この貴方の御言及から導き出される所の理解内容としましては…、我々がこの第三密度内に於いて経験作業を行っている際には、此れと同様にして、他の場所に於いても多くの(側面存在らが存在して)その経験作業を同時に行っており…、これら総てが、単一のハイヤーセルフによって管理されている、と理解して宜しいのでしょうか? 正しいでしょうか?

    ラー: ラーです。 この御言及内に含まれる正しい部分とは、その状況によって変動するものであります。
    つまりは、その存在が、その平衡性具合に於いてより安定して行くに従って、並行経験世界らに於いて(側面存在らによって)、其の有する蓋然性/可能性-渦状体ら(probability/possibility vortices)が探求される必要性が少なくなって参る、という事であります。

    質問者: それでは、その御説明から私が推測する所では…、ハイヤーセルフもしくはオーバーソウルとは、其処に以下の様な経験状態が必要とされ…、いわば、異なったタイプの成長触媒らを”同時に”経験するという状況が必要とされている場合…、彼らとは、”同時発生状態の中で”、(自己を)複数のユニットらへと分解する事が可能であり、その後、それらを同時に経験し、それらの経験らをそれぞれ振り返る事が可能である、と理解して宜しいのでしょうか?

    ラー: ラーです。 その御推測とは、正しいとも、正しくないとも申し上げられないものであり…、というのも、其処には、あなた方がそう呼ばれている所の”時間”というもの、その認識の中に誤解・混乱らが存在している為であります。
    ただ、ともかくも、”真の同時状態”とは、総ての物事が真に同時に発生していると見られる際にのみ、そう表現される事が可能な状態である、という事であります。
    この点を鑑みた場合、貴方のお話された御推測には影が落とされる事となります。
    つまりは、この貴方の概念…、一存在の内の様々な部分らが、厳密に同時に(同時間内に於いて)、様々な性質からなる生命経験らを同時に行っている、という考え方とは、厳密に正確な認識ではなく…、その理由は、この御言及が、貴方のお考えに従った場合、真の同時性状態の中でこれらが発生している事を指し示しているからであります。
    しかしながら、実際の所は、其の様にはなっておりません。

    ともかくも、この(側面存在らによって平衡して経験が行われるという状態)、この実際の在り方とは、それぞれの宇宙ごと(もしくは:個人ごと?)に異なって参りますが…、先ず、その心/体/精神/複合体の全体性が、自らに関して何らかの難題が存在し・自らが重要地点に直面していると判断される事となり、此れに関係した所の蓋然性/可能性からなる渦状体ら、これら情報がそのハイヤーセルフに対して提供されて利用可能となった場合に、次に、このハイヤーセルフによって、(下位)存在らが平行して複数の経験作業を行う状態がプログラムされる事が可能となる、という事であります。

    質問者: このハイヤーセルフによる経験プログラミングによって、其処に複数の経験作業らが並行して存在する様になり、この平行状態を通じて学習が行われる状態とはどの様に行われており、其の後、其処にどの様な教育作用をもたらす事となるのか…、この点に関して一存在を例に取り説明を行って頂き、可能であれば我々の過去の歴史上の人物らの内の一人を例として用いて、もしくは、一者を具体的に挙げる事を厭われるならば、貴方からお話可能な何らかの人物を用いた中で、その一例を挙げて頂く事は可能でしょうか?

    ラー: ラーです。 恐らくは、この(ハイヤーセルフと第三密度上の存在という)二つの自己ら、これらが(空間/時間側内に於いて)、”一見した所・その外見上は”、同時に存在しつつ学習が行われている状態、此れが最も端的に示された例と致しましては…、ただ、それら二者とは、(時間/空間側の観点から表現された場合)、実際の所は、同一の時間/空間内に存在する所の”一つの自己”と考えられるものでありますが…、其の状態とは以下の様であり…、貴方の呼ばれる所の”オーバーソウル、もしくはハイヤーセルフ”が、(一空間/時間内に於いて)、自らが援助を行う対象である所の心/体/精神/複合体、此れと同時に存在している様に観察される場面でありましょう。
    しかしながら、この一見同時に存在すると見受けられる所の状態とは、実際の所は、真の同時状態として此れが行われているのではなく…、というのも、このハイヤーセルフとは、其の(第三密度)存在に対して育成を行うという必要性が生じた場合に、或る場所から移動を行う中でその心/体/精神/複合体の許へと遣って来ている為であり…、其の或る場所とは、其の(第三密度)存在からは”未来”として考えられる場所に此れが位置しているからであります。

    質問者: それでは、このハイヤーセルフとは、我々の(空間/時間側からの)認識・視点に従った場合、”未来”と考えられる場所から、その心/体/精神/複合体に対しては制御を行っているという事でしょうか。
    言い換えますと、私のハイヤーセルフとは、私からは”私の未来”と考えられる場所、其処から、私に働きかけを行っているという事でしょうか? 正しいでしょうか?

    ラー: ラーです。 貴方が現在存在する所のこの空間/時間、この観点の下から、これら出来事が観察された場合には、其の御推測とは、仰る通りであります。

    質問者: もしその様になっているのであれば、私のハイヤーセルフとは、少なくとも私に関しては、将来、私に対して何が発生するのかに関しては事前に知っている事となる訳ですから、(私を援助するという作業に於いては)、私に過去に何が必要とされていたのかを事前に知っているという点に於いて、非常に大きな利点を有している事になります。 正しいでしょうか?

    ラー: ラーです。 その御推測とは、以下の点に於いて正しくないものであり…、もしその様にして(未来からのハイヤーセルフの事前の指示によって、その下位存在が完全に動かされているとするならば)、其の事が、(その心/体/精神/複合体の、ひいては自己全体の)の”自由意志の廃止”の一つへと繋がってしまうからであります。
    そうではなく、このハイヤーセルフという側面的存在が認識している所の情報内容とは、第六密度に至るまでの間に(その側面存在らによって)学ばれてきた所のレッスンら、そこから生じた理解内容についてのみであります。
    それまでの進展状況、その評価に関しては、かなりの程度に於いて熟知が為されております。 しかしながら、ハイヤーセルフがそれ自身である為に、まず行われなければならない所の”選択された状態ら”とは、先ず、その(下位の)心/体/精神/複合体によってその選択が行われるという状態に依存しており…、(この選択が基となって、次に、其のハイヤーセルフの方向性が決定されて行く事となる、という事であります)。

    この様に、ハイヤーセルフとは、其の(下位)存在が(その選択状態を継続させた場合)どの経路を辿る事となるのか、その確認が可能となる所の”地図”のごとき存在でしかない、という事であります。
    其処に於いては、(様々な)経路らが非常に詳細に亘って記載されており、 それら経路とは、覚醒無限が知性エネルギーへと形を変え、この知性エネルギーとして活動を行う中で(当初)デザインされ・形成されて行った所のものとなっております。
    しかしながら、このハイヤーセルフという側面的存在からプログラムが可能な対象とは、その心/体/精神/複合体に対するレッスンらのみであり、もしくは、もし其れが望まれている場合には、其の心/体/精神/複合体に対して、特定の先天的制限らを課す事だけであり…、(よって、下位存在らに対して、無限に存在する経路らの中で、その何れかを選択させるかという働きは行ってはいない、という事であります)。
    それ以外の残りの選択部分とは、完全にそれぞれの(第三密度)存在らの自由選択に委ねられる事となります。
    この様に、この予め決められた決定事項と、予想をする事の出来ない未知の部分との間には、完璧な・絶妙な平衡性具合が存在している、という事であります。

    質問者: これら概念を取り扱うに際して、私が大変苦労している事をお詫び申し上げたいのですが、これら概念を我々の理解と言語内に翻訳する事とは、全く以って、非常に困難な作業であります。
    その様な中、幾つかのかなり馬鹿げた質問をさせて頂くかもしれませんが…、それでは、このハイヤーセルフもまた、我々の有する物理身体的媒体の様な、或る型の媒体(体)を有しているのでしょうか? このはハイヤーセルフとは、身体複合体の一つを有しているのでしょうか?

    ラー: ラーです。 仰る通りであります。 ハイヤーセルフとは、(其の全自己の中での)或る特定の”前進部分”であり、第六密度内に存在して、第七密度へと前進の努力を行う所の(一側面的存在)であります。
    その後、第七密度への進入が十分に為された後には、この心/体/精神/複合体とは、完全な心/体/精神/複合体の全体性の一つとなり…、その働きによって、この全体性とは、その精神的質量を増し始めて行く事によって、オクターブの(第八)密度へと向けてその接近を開始させて行く事となります。
    この様にして、この時点に於いて、この”後ろを振り返る・過去を振り返るという作業”は終了し、此れが行われなくなって参る、という事であります。

    質問者: それでは、総ての存在達の有するハイヤーセルフとは、第六密度の性質の一つから成っているという事でしょうか?

    ラー: ラーです。 其の通りであります。 総ての存在が第六密度上に於いてハイヤーセルフを有するという事実とは、一者が第七密度へと接近を行い始めるに連れて獲得されて行く所の、自己からの自己に対する名誉/義務の一つとなっております。

    質問者: それでは…、私がこの事柄を本当に理解したかどうか、確認させて頂きたいと思います。
    我々は、此れまでに或る特定の人物らについて議論して参りました。
    例えとして、我々は、以前の対話の一つに於いては、ジョージ・パットンについて議論致しました。(S34Q17) それでは、此れまでのお話からすると、ジョージ・パットンとして四十年前に受肉を行った所のこの存在、彼のハイヤーセルフもまた、当時、第六密度の性質からなるものだったという事でしょうか? 正しいでしょうか?

    ラー: ラーです。 其の通りであります。
    ただ、此処に於いて我々から特筆させて頂きたい内容と致しましては、それぞれの存在とは、”その内側からの援助”を要請する事の可能な対象としては、幾人かの(援助的側面)存在らを有している、という事であります。
    その中で、それら存在の内の何れもが、その呼びかけを行う存在の側からは、一見すると、その心/体/精神/複合体の全体性部分であるとして捕らえられる事が可能でありましょう。
    しかしながら、実際の所は、人々に援助を与えているのは、この全体性部分ではありません。
    というのも、この心/体/精神/複合体の全体性とは、(下位世界に於いて)発生する事の可能な総ての物事、それらが(可能性のままの状態の中で)其処に理解として留め置かれている所の、”はっきりとしない・不明瞭な一集積体”であるからであります。
    その様な中で、そのハイヤーセルフもまた、この心/体/精神/複合体の全体性部分(の内に留め置かれていた所の発生可能な全ての物事)、其処から実際に発生した所の投影体の一つであり、もしくは、顕現物の一つと考えられる所のものであり…、その後、この(具体的に形を取って現れた)ハイヤーセルフが、その心/体/精神に対して、其れが次の転生までの一サイクルの中で非受肉状態の内に置かれている間に、此れに対して対話を行う事となり…、もしくは、更には、その心/体/精神が受肉状態の中に置かれている間、その心の根幹部分を通じて適切な経路らが開かれている場合には、もしくは他の表現では、適切なチャネルらが開かれている場合には、此れを通じて、受肉中に、このハイヤーセルフと心/体/精神との間で対話が可能となって参る、という事であります。

    Session37 質問6

    質問者: 貴方がその様に仰るのであれば…、我々は、対話を先に進めさせて頂きたいと思い…、前回のセッションから有している所の質問らを引き続き問わせて頂きたいと思います。
    貴方が前回お話された内容として、第三密度存在とは、そのそれぞれが第六密度に於いてハイヤーセルフの一人を有しており、このハイヤーセルフが、必要に応じて、其の存在の心/体/精神/複合体の許へと遣って来る、との事でした。
    それでは、このハイヤーセルフもまた、第一密度から開始される所の密度間を通じての成長過程、此れを通じてその進化を行っており、更には、このそれぞれのハイヤーセルフもまた、其れに対応する所のものとして、其の更に上位の密度らに於いて、より進歩を遂げた高位の自己・ハイヤーセルフを有しているのでしょうか?

    ラー: ラーです。 (この回答とは、上の御質問に対する回答としては若干異なるものでは御座いますが…)、この(ハイヤーセルフもまたそのハイヤーセルフを有しているのかという)概念を簡潔化する意図の許で、以下の事柄をお話させて頂きたいと思います。
    ハイヤーセルフとは、その心/体/精神/複合体が後期の第六密度に到達した場合に、この心/体/精神/複合体に対して、更に自らの未来・将来に存在する所の自己、其処から付与される所の”贈り物”の一つであり、此れが物理顕現を行ったものの一つであります。
    この様に、その存在(の前進部分・未来の自己)が第七密度中期に到達した場合に、其処で行われる所の最後の活動…、創造主からなる全体性へと向けてその方向転換を行い、その精神からなる質量・集積状態を増して行くという作業、その前の最後の行為として行われるのが、上の第六密度に位置する自己に対して、この自らの有する(全情報からなる)”資産的能力”を付与するという行為となって参り…、この付与行為とは、未だ”時間”の中を移動中のこれら存在…、あなた方もまた時間の流れの中で其れを計測されている所の、この”時間というものの中を未だ移動している”と見られる所の第七密度存在から第六密度存在に対して、上の資産部分(ハイヤーセルフ)が提供される事となる、という事であります。 

    従って、この(資産・ハイヤーセルフの)付与の行われた後、この第六密度後期に存在する心/体/精神/複合体である所の自己とは、二つの資産が利用可能となるという名誉/義務を担う事となり…、自らによって(その側面存在らによって此れまでに)経験され・蓄積されて来た所の総ての思念らと行動ら、それらが収められた所の”全生命バンク”、他の表現では、”全記憶情報”が利用可能となって参ると同時に…、更には、心/体/精神/複合体の全体性部分から後に残された所の上の”資産部分”…、この無限に複合した状態からなる所の一種の思念体、この利用が可能となって参る、という事であります。

    この様に、貴方とは、貴方自身を以下の様に考えられる事が可能であり…、”貴方自身”(第三密度に存在する自己)と、”貴方のハイヤーセルフもしくはオーバーソウル”と、”貴方の心/体/精神/複合体の全体性部分”、これら三つを、一つの円環の中に存在する所の三つの点として認識される事が可能であります。
    それら三つの点らという様にしてその違いを引起している所の唯一の原因要素とは、貴方が現在その中に存在しておられる所の”時間/空間からなる連続体”であります。
    しかしながら、それら総てとは、(実際の所は)、同一の存在である、という事であります。

    • <この予め決められた決定事項と、予想をする事の出来ない未知の部分との間には、完璧な・絶妙な平衡性具合が存在している>

      やっぱりそうなんですね・・

      <ハイヤーセルフとは、(其の全自己の中での)或る特定の”前進部分”であり、第六密度内に存在して、第七密度へと前進の努力を行う所の(一側面的存在)であります。>

      まさにセルフヘルプ・・ですネ。

      <”貴方自身”(第三密度に存在する自己)と、”貴方のハイヤーセルフもしくはオーバーソウル”と、”貴方の心/体/精神/複合体の全体性部分”、これら三つを、一つの円環の中に存在する所の三つの点として認識される事>

      これが三位一体のルーツかも・・ですネ。

      • >それぞれの存在とは、”その内側からの援助”を要請する事の可能な対象としては、幾人かの(援助的側面)存在らを有している、という事であります。

        わたしは上の方?の人たちが何を考えているのか、疑問だらけでわかんなかったり(納得できない)してたんですけど(ベルさんも一時憤慨してた)ラー文のおかげで随分ナットクできましたネ。

  2. Session48 質問4

    質問者: 仮に、貴方が、この惑星の状態に関する知識と、(人々との)対話方法らとしては如何なる方法が相応しいかに関する知識等、これらに関する情報を現在の様に十分に有しておられる場合には…、つまりは、貴方自身が一個人として(再度)この地球に対して受肉過程を経て一ワンダラーとして存在する事となり、更には、現在、貴方が上で仰られた所の教え/学ぶという活動目的、此れを達成する為にはどの様な一方法が適切な振る舞いであるのかに関して、(過去の経験・失敗から)其の為の十分な知識を有している場合、貴方は、現在の状況下でこの教え/学ぶという過程を試みる際には、其の対話方法としてはどの様なメカニズムらを選択する事となるのでしょうか?

    ラー: ラーです。 我が兄弟、我々は(その御質問の内部に)或る点を感受し…、貴方が(其の心の中で)、この御質問と関連付けて、未だ言葉によって表現されていない所の或る内容についてを考えておられる事を感受致しました。
    我々はこれらの存在を認め、(更には、未だこれらが貴方から言葉を用いて問われていない事が)理由となって、貴方の其の誤解・混乱状態に対しては、其処に権利侵害を行いつつ(其の御質問に対してお答えを行う)事が可能では御座いません。

    質問者: 貴方はそう仰るのではないかと案じておりました。
    それでは内情をお話しますと、実は昨日、私は或る講義を行ったのでありますが…、此れにはごく僅かな人々にしか参加して頂けなかったからであります。
    私としては、もしこの講義が、我々が呼ぶ所の”UFO騒動”の一つが丁度発生している時期に行われていたとしたならば、この講義に対してはより多くの人々に参加して頂けたのではないか、と考えており…、(その様な中、此れが貴方であったならば、どの様な対話方法を選択されたのだろうかと考え、上の様な質問をさせて頂きました)。
    ただ、このUFO 騒動とは、主に、オリオン・グループが此れを引起しているとの事でありますが、しかしながら、それら騒動の発生によって、実際の所は、それらの発生の間、当コンタクトの様な情報もが宣伝・普及される為の非常に大きな機会が生み出される事となり…、この事実を考えた場合、このオリオン・グループの引起している所のUFOの視覚化現象とは、いわば、どの様な”見返り”を彼らに対しては与えているのでしょうか?

    ラー: ラーです。 其の(ネガティブな性質の活動が、結果的にポジティブな性質の影響を引起しているという)御推測とは、正しくないものであります。
    このUFO騒動らとは、実際には、あなた方人々らの間に、多くの恐怖らを引起し、多くの噂らを、陰謀説に関係した知識ら、隠蔽工作ら、切断事件ら、殺害事件ら、そして他のネガティブな印象らを引起しております。 更には、人々からは、恐らくはポジティブな性質の情報である、としての認識を受けている様な接触報告らでさえも、実際の所は、其処に於いては”破滅についての情報”が語られております。
    その様な中、貴方とは、あなた方の活動が人々に気付かれる事の無い、マイノリティーの活動一つとなるであろう事を予想される事が可能であり…、というのも、この単語の誤用を許して頂けるのならば、貴方が他との共有を望まれている所のこの”理解ら”、その特定の性質が理由となっております。

    更には、我々から確認可能な点として、其処には、現時点に於いて、もう一点、はっきりと申し上げる事の可能な重要な点が存在致しております。
    つまりは、オリオン型の広報活動が切っ掛けとなってあなた方の許へと引き寄せられて来る所の聴衆達とは、(サイクル経験に於ける)年長者達の振動数を以ってしても、其処に対しては、収穫へと向けて十分な一程度には”種付け”が行われる事は無いであろう、という事であります。
    従って、一般に普及されている所の(UFO・陰謀論・終末論に関する様な)情報、この様な刺激に由らない状態の中で、あなた方の下へ教え/学びを受け取る為に遣って来る事となる聴衆達こそが、”啓蒙”へと向けて、より大きな程度に於いて方向付けられた所の人々である、という事であります。 それ故に、講義に参加される人々の数といった点については、気にされない事であります。

    • ”啓蒙”は、ごく少数・・一人だけでもいい・・というのは経験的に納得ですが、

      <このUFO騒動らとは、実際には、あなた方人々らの間に、多くの恐怖らを引起し、多くの噂らを、陰謀説に関係した知識ら、隠蔽工作ら、切断事件ら、殺害事件ら、そして他のネガティブな印象らを引起しております。 更には、人々からは、恐らくはポジティブな性質の情報である、としての認識を受けている様な接触報告らでさえも、実際の所は、其処に於いては”破滅についての情報”が語られております。>

      コレは今後、ますます大切になりそうですネ。

      • 第四密度への移行と、自己への奉仕、他者への奉仕を語る宇宙存在?は他にもテオドールとかがありましたけど、内容は全然ちがって、やっぱり「陰謀説に関係した知識ら、隠蔽工作ら、切断事件ら、殺害事件ら、」をもっぱら語っていて、あなた方の間違いを正さないと破滅する!みたいな路線で、そこでは自己への奉仕は「間違い」として語られてました。

        わたしはラー文の未邦訳さがしをしてたとき、自己への奉仕、他者への奉仕で検索すると、ラー文は全然ヒットしなくて、このテオドールばかり出てきたりしてたから、このテオドールって「隠蔽工作らー」なのかもですネ。

        • 確かにテオドールって全然イイ響きないですねぇ・・情報アリガトウございますぅ。

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