酵素カフェ

マハラジが語る「生命ー呼吸を通じて流れる四種類の言葉」と「ほんの少しの執着」

「暑さ寒さも彼岸まで」というお言葉もありますから、

9月に残暑・・は、昔からなんでしょうが、ここ数年来、暑さのレベルが違ってきたようで、

2008年頃の清里高原では、真夏でも蚊に刺されなかったのに、今は9月でも蚊が刺し、

初夏の花=ハニーサックルが一輪、9月に狂い咲きしています。

今日9月10日の清里は、午前中は晴れていて、


ハチドリに似た虫=ホウジャク(蜂雀)が、

せっせと蜜を吸ってました〜

今朝のベンガル・ピノちゃんは、いつも通り、お隣さんの庭でまったり日向ぼっこしてましたが、

昨日9月9日の夕方、お隣さんとの境界線を歩いていたピノちゃん、急に立ち止まり、

ジッと耳をすませて・・結局、(いつも通り)お隣さんの敷地には入らず、

爪を研いで、

ウチの庭側を通って、

蝶々に萌えてました〜〜

で、ピノちゃんがお隣さんの方に行かなかったのは、(隣宅の)対面に住む元教員が、家の前の道路で体操していたからで・・
さすが猫、見えなくても、いつもと違う気配を感じ取るのですネ〜

日中はまだ少し暑いけど、夕方は体操したくなる快適さで、小菊も咲いてますし、

清里の9月は、なんだかんだ言っても「秋」の気配です。

さて、9月9日は、あまり知られてませんが「重陽の節句」で、「旧暦から新暦へ改暦」されたことで、すたれちゃったそうです。

中国では奇数のことを陽数といい、縁起がよいとされてきた。なかでも最も大きな陽数「9」が重なる9月9日を「重陽の節句」と制定。無病息災や子孫繁栄を願い、祝いの宴を開いたことが起源とされる。

その一方、陽数が重なると災いが起こりやすく不吉だとも考えられており、よくないことが起きないようにと、9月9日には邪気を払う風習が根づいたともいわれている。

平安時代初期には、他の五節句とともに日本に伝わり、平安貴族を中心に季節の移ろいを知らせる節句として広まっていった。

旧暦の9月9日は、現在の10月中旬に当たり、菊の花が美しく咲き、見頃を迎える時期。菊は邪気を払う力をもつ霊草と信じられていたこともあり、重陽の節句には菊の花を観賞したり、菊の花を漬け込んだ酒を飲んで、無病息災や不老長寿を願ったとされる。

また菊に綿を被せておき、そこに溜まった夜露で肌を拭うと若さを保つことができるとの言い伝えもあり、大変話題になっていたようだ。この「着せ綿」は、この時期の和菓子の題材としても知られており、季節感を大切にする茶席で好まれる。

このように、重陽の節句は季節の花である菊を用いることから「菊の節句」とも呼ばれ、江戸時代には庶民の間でも広く親しまれる季節の行事となった。

しかし明治初期、政府は旧暦から新暦へ改暦の公布を行い、五節句廃止令を布告。ほかの五節句は、新暦へと日付が変わっても催され続けたが、重陽の節句だけは事情が異なったようだ。

重陽の節句である新暦の9月9日はまだ菊もつぼみになるかどうかの時期。9月とはいえ夏の暑さも色濃く、ことさら季節感が重んじられていた重陽の節句は、季節感を失ったことで次第に廃れてしまったのかもしれない。

https://skywardplus.jal.co.jp/plus_one/calendar/the/choyo/festival/

そういえば9は、故ペルーの先生のお気に入りの数字でしたが、

2022年の「重陽の節句」の日、腰が痛い母のために、横浜まで治療に行き、

「中秋の名月」を前に神山三津夫氏の膜宇宙療法を体験してきました〜

おかげさまで、「腰は痛くなくなった・・」になった母ですが、神山氏の治療は、不思議な図形と、ある種のマントラみたいな言葉を唱えるもので、それについては「(母のために)あなたがやりなさい・・」と言われ、しばらくの間、やってましたが、

こういった、マントラ治療法が効く理由を、マハラジはこう語ってます。

**************

1980年7月6日

マハラジ:世界で起きるすべてのことは生命力(プラーナ・シャクティ)にもとづいているが、その観照者であるアートマンは完全に離れており、どんな行動もアートマンに起因させることはできない。プラーナ・シャクティ、 つまり生命ー呼吸を理解しない限り、またそれらの言葉には生命ー呼吸を通じて流れる四種類の言葉があることを認識しない限り、マインドが何を言っても、あなたはそれを確かなものとして受け取るに違いない。そしてマインドの与える概念が、あなたにとって最終的なものとなることだろう。

質問者:四種類の言葉とは何ですか?

マハラジ:それらはバラ(源泉意識)、パシャンティ(思考の流出)、マディヤーマ(思考ー言葉の形成)、バイクハリ(外に排出される言葉)だ。普通の無知な人は、全過程が始まるバラとパシャンティに気づいていない。それらはあまりに微細すぎるからだ。彼はマインドと一体化しているマディヤーマに働きかけ、言葉(バイクハリ)を放出する。

マインドが言葉と思考を投げ出すことで、私たちは自分のアイデンティティを「自分」とか「自分のもの」と間違える。しかし、何が起こっても、それはそれを観照しているものから独立しているし、それは完全に生命力にもとづいている。この意識は、間違ってそれ自身を肉体と思考と言葉に一体化してしまった。だから、それは自分自身が 何かの罪を犯していると思ったり、何かの行為によって賞賛を獲得したと思ったりするのだ。しかし あらゆることは 単に生命力の行為を通じて起こるだけだ。この生命ー呼吸、生命力を理解している者は、マインドのすべての概念を超えている。それを理解しない者は自分の思考の奴隷だ。

質問者:マントラを長時間続ければ、それは消滅するのでしょうか?

マハラジ:マントラとマントラに対する信念の両方が消滅することだろう。マントラには目的がある。インドではマントラは非常に効果があるとされる。マントラに集中することで、マントラの背後にある形が空間から現れることだろう。しかし、こういったものはすべて時間に縛られている。人類は自分自身の存続、意識の存続のためにあらゆる種類の物事を進化させてきた。

私はもはや肉体にも生命ー呼吸にも関心がないし、それらを存続させたいとも思わない。三つの状態(目覚め、熟睡、「私は在る」という意識)と、三つの属性の束(三つのグナ)ーーサットヴァ(純粋性)、ラジャス(活動性)、タマス(不活発)が生まれてきて、すべてはその束に起こるが、私はそれに関心がない。だから私は完全に恐れがなく、他の人たちにとっては悲劇的である病気に対しても、何の反応もしないのだ。

私は自分が生まれたものではないと知ったが、それでもまだ長年付き合ったものには、ほんの少しだけ執着がある。84年間も付き合ったために、わずかな執着がある。言ってみれば、故郷から旧知の友が私に会いに来て去って行くとき、彼に別れの挨拶をするようなものだ。そこにはほんの少しの執着がある。なぜなら、私は彼を長い間知っているからだ。生まれた意識は自分を肉体だと思い、三つのグナを通じて働くが、私はそれにはまったく関係がない。すべての物事は幻想だ。

意識に先立って ― ニサルガダッタ・マハラジとの対話
https://amzn.to/42d5vRS

**************

ナルホド、出会った頃の先生は「般若心経には力があるよ」と言っていたのに、覚醒後は「60歳過ぎたら、般若心経もね・・」とか言っていたのは、「マントラに対する信念」が消滅したからなんですネ。

マハラジは、「言葉が覚醒へと働きかける」とも言っていて、

乙女座新月に知る一番の認知症予防とマハラジの「言葉が覚醒へと働きかける」

こういった「対話」が、文字で残っていることは、とても有難いことで、

いわゆる「勉強」は放棄して、「私は在るという性質」に集中しなさい・・と言ってます。

**************

質問者:死んだ後にはどんな記憶の継続もないのでしょうか?

マハラジ:サトウキビや砂糖があるときだけ甘さがある。もし肉体がそこになければ、どうしてそこに記憶が存続できるというのだろうか。存在性それ自身がなくなっているというのに。・・

質問者:私たちは、マハラジが享受している状態になりたいのです。

マハラジ:永遠の真理はそこにあるが、観照がなければ、それは無駄だ。あなたが宗教や霊性の名のもとに研究していること、あるいは研究しようとしていることが何であれ、それらを放棄して、ただ一つのことだけをやりなさい。 つまり、その「私は在るという性質」や意識は神性の原理であり、生命ー呼吸がそこにあるかぎり、それはそこにある。それが現在のあなたの本質だ。あなたはただそれだけを崇拝しなさい。その「私は在るという性質」はサトウキビの甘さのようなものであり、自分の存在の甘さの中に留まっていなさい。そのとき初めて、あなたは永遠の平和に到達し、そこに留まるだろう。

意識に先立って ― ニサルガダッタ・マハラジとの対話
https://amzn.to/42d5vRS

**************

ペルーの先生がよく「ワンちゃん、猫ちゃんが先生だよ」と言っていたのは、

彼らは、常に「在る」からで、

「腰は痛くなくなった・・」けど、晩年、やや「呆け」気味だった母は、

2023年の晩夏は、清里に来て楽しんでましたが、秋から急激に弱ってきて、

実例:老人でも入った「ワクチン問題」動画とOSHOの「子どもは、あなたがいなくても成長する」

1年後の秋に逝ってしまいましたが、最期が近づくほど、母の「在る」感が増し・・母は自分の寿命が「わかって」いた感じもあり、

「骨髄異形成症候群」だと判明して入院する前、

ジャストタイミングだった「鬼の霍乱」とゆっくりと症状が現れる「骨髄異形成症候群」

まだ自宅で過ごしていた時に会いに行ったら、「あと1年、生きたかった・・」と言っていたことを、よく覚えてます。

そしてその言葉通り、1年近く生きて、逝った次第で・・別に「悟った人」じゃなくても、「ほんの少しの執着」が無くなった時に「天に召される」のだと、一連の母の「流れ」を観ていて、つくづく感じました!

バッチの花療法: その理論と実際
https://amzn.to/4bLeLj7

アイ・アム・ザット 私は在る―ニサルガダッタ・マハラジとの対話
https://amzn.to/3IoTmSZ

<わたし> ―真実と主観性
https://amzn.to/3GaKjUp

無水無月
https://amzn.to/3XDoDX0

四季彩々和風だし食塩無添加
https://amzn.to/48huJQ5

AQUA SYSTEM 浄水器 ろ過器 置き型
https://amzn.to/4j904dw

「液体石鹸」えみな
https://amzn.to/48J6OZv

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で







LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

COMMENT ON FACEBOOK